宇宙全史

虚空蔵55

2017/12/14 No.378

これは右のNo3523に対する回答です

確かに神社仏閣の現状はその多くは魑魅魍魎の住みかとなっています(今話題になっている富岡八幡宮を持ち出すまでもないことですが)。
しかし心身を清浄に保ち、古からの戒律を守り続けている処には神が降りる場があります。

例えば宇宙全史が月読之大神との縁を得るため、かつてみわが伊勢神宮に行ったことがあります。
伊勢神宮も全体が統一磁場にあるわけではなく、ある一定の場所のみが月読之大神や他の神々とつながる場所があります。
またその場であってもしかるべき人間が祈らねば何の反応もないことは当然です。
蚕の社に天之御中主大神は常駐されてはいませんが、やはりしかるべき存在がそこで祈ると通路は開きます。
ただこの「しかるべき存在」というのが肝で、地上に宇宙の中心神である天之御中主大神と周波数が合うような存在がいるのかということがあります。


「その巫女は天之御中主之大神をどのように目撃したのでしょうか。天之御中主之大神は姿形としての実体があったのかどうか」

●これに答えるのは中々難しい仕事です。

しかしその巫女の目線だけお伝えするのは簡単で、正にあなた方がたまに見るUFOを見るような感じで見ています。
もちろん絵的には昔の絵画にあるように天上から雲に乗り神々が光り輝いて降りて来るという図になっています。
この説明には、

@人間の感覚器官

Aその感覚器官からの情報を認知するための構造

という二つのシステムが人間にはあります。
そしてこの構造の裏にはとても複雑な「人の心」の真実が隠されているのです。
それを今ここでは説明できないので(「エゴ」の本の中で詳しく解明されています)はしょりますが、その時その巫女の目には上記のような風景が見えていたということがいえます。
その時その場には巫女しかいませんでしたから、他の人間にどう見えたかは不明です。

ただ質問の「実体があったのか」という答えは「あった」ということがいえます。
そもそも「実体」とは何かという命題を飛ばしてお答えしていますから訳が分からないと思いまが、この命題も突き詰めるとややこしくなっていきますのでまたいつかということにしておきます。

この巫女の洞には天之御中主大神の降臨の前に不思議な生き物が出現していました

それは今のシカのような生き物で、峻険な岩山の崖の中腹をスイスイと登って行っています

ただそのシカは動物というより、植物のような波動を持つちょっと変わったとても大きなシカでした

それが何であるのか明確には特定できないのですが、天之御中主大神出現の禊として現れています

私が昔日本の中央山塊で修行じみたことをしていた時、やはり非常に大きな生き物(シカのようなカモシカのようなよく分からない生き物)と遭遇しています
それは私が山を下りる時でしたが、常に姿を見せず(それでもすぐ側にいて、藪や木立の向こう側からガサガサという音がずっとついて来ているのです)、人間の歩く道に出る寸前に振り向くと、大きな体の正面をこちらに向けてじっと私を見ていました

しばらくお互い見つめ合っていましたが、すぐにそのシカのようなものは山に消えていきました

ただそれだけのことでしたが、いつまでもあの目は忘れられません

虚空蔵55

2017/12/11 No.377

これは右のNo3522に対する回答になっています

ここではまだ書いていませんが以前日本の歴史を(天皇を中心に)調べたことがありました。
つまり神武天皇からずっと系譜をたどって、どういう日本史になっているのかを探ってみたことがあります。
まず神武天皇という人物は存在していないというのがありましたが、そもそも古事記や日本書紀に記されてある天皇の系譜やその成り立ちが出鱈目といいますか、自分たち(当時の中央政府)の都合のいいように組み立てられていました。

なので聖徳太子の手前あたりで調べているのが何だかバカバカしくなり、今はそこで頓挫したままになっています。
それでも結構長い物語になっていますが、戦時中なら国賊として捕まってしまうほどのひどい内容の天皇家の物語となっています。

つまり現在皆さん方が敬い崇め奉っている天皇もそうですが、日本の神々も古事記や日本書紀が原点になっていますから、出鱈目といってしまえばそういうことになってしまいます。
しかし古事記にしろ日本書紀にしろ全く何もないところから書いているわけではなく、そこまでにあった伝承や伝説、ローカルな口伝などを収集して(都合のいいように)集大成したものですから、それなりの下地といいますか背景は存在していたといえます。

例えば天之御中主之大神はそれ以前から宇宙神としてありました。
天之御中主之大神が最初にこの日本に降ろされたのは弥生時代以前、さらに縄文よりも前のBC:6000年頃に確認されています。

場所は東北の北の方(青森まではいかないようです)の山岳地帯で、崖っぷちの洞にいる巫女により目撃されています。
日本という国は世界の中でも結構重用なポイントになる火山国なので、たまに偵察に宇宙神が降りてきます。
それでもそれ以前は確認できる人間がいなかったので、降りて来てはいたのですが目撃はされていません。
この時巫女はこの存在を初めて宇宙神(世界そのもの)と認識しています。
もちろんその頃日本はおろか世界中のどこであっても「宇宙(恒星があって星雲があってという)」という概念は存在しませんでしたが「天はこの世界を映すもの」という認識はあったのです(そこから占星術などが生まれています)。

当時の日本は縄文時代が始まる前ですが、すでにある程度の文字のようなものはありました。
よく猟師などが用いるこの枝や小石で方角や獲物の印を表す記号のようなものでしたが、一応文字らしきものはあったのです(もちろん複雑な文章を記すことは出来ませんでした)。
また土器とまではいかないまでも、もう少し原始的な木を彫ったような器や、石を削ったものもありました。

そこでこの巫女は天之御中主之大神を「天之御中主之大神」という言語化はしてませんが「森羅万象の神」と認識しています。
そしてそれを衆生には「大きな神」という非常に単純ですが「すべての神々の中で最も大きな神」と伝えています。
それが古事記あたりで大仰な名前の「天之御中主之大神」に定着しています。

なお月読之大神は天之御中主之大神が降りて来たときに大勢の神々を連れ立ってくるのですが、その中の一人として認識しています。
それ以降月読之大神の位置は大体そういう形になっていますが、実際は天之御中主之大神(宇宙)を超えた存在であることがここ(宇宙全史のワーク)では開示され始めています。

ですからあなたがこのような神々の形を知らなくても当たり前なのです。
アマテラスやスサノオに関しましてはまた長くなってしまいますのでいつかまた書くことにしますが、日本中の神社などで祭っている神々は実体としてそれなりにあるのですが、やはり「それなり」なのです。
「それなり」とは人々が拝む対象としてある限り、存在として形をとる有り様があるということです。
ややこしい言い方ですが「人が望むとそういう対象が生じてしまう」ということがあります。
ですから天之御中主之大神が祭ってある神社だから天之御中主之大神がいるのかというとそういうことではないのです。
そもそも宇宙神がそんなところにいるわけがないのです。

先ほど縄文以前にある巫女のもとに降りて来たといいましたが、この巫女は普通の巫女ではなく、ある意味「狂っている」巫女だったのです。
「狂っている」というのは「一般の価値観とは異なる価値観を持つ」ということで、だから岩山の洞に住んでいるのです。
私(遊撃手ですが)流にいいますと、「塵芥にまみれ薄汚れた神社などに宇宙神が降りるわけがない」ということがあります。
普通の神々はいます。
でもそれはあなた方に通じる普通の神々、あなた方が造り上げた常識の範囲の神々なのです。
だからたまにはあなた方の徳に応じてご褒美もくれるでしょうし、頼み事もお賽銭の多寡に応じてきいてくれるかもしれません。
しかし本当の神々は「気狂い」のところにしか降りてこないのです。
(この「気狂い」は精神病という意味ではなく、一般常識から外れた者という意味です)

しかしそれではあまりにも掴みどころがありませんから、宇宙全史では「あなたの良心に従って」というより所を教えています。
この「良心」に関しましては、非公開情報11で少し詳しく書いておいたはずです。

宇宙全史は難しいワークですが、あなたが最後に書いておられたその志が、あなたをしてここに導いて来ています

世界人類が平和でありますように

虚空蔵55

2017/12/9 No.376

下でご紹介した遊撃手の使いの映像はクローズされました。

アップして1日半でしたが、あれを見れた方は幸運でした。

アップした日(2日前)から夜になっても全く姿を現わさなくなったので、確認してみるとちょっと拗ねていました。
本来不特定多数に見せるものではないようで、あちこちの寺社にはありますが「秘仏」とされるような扱いが望ましかったようです。

つまり非公開情報扱いでやればよかったのですが(それもAグループの中の許可が出た方だけ)、限定公開とはいえ誰でも見られる状況はかなりまずかったようでした。

とにかく遊撃手の使いだけではなく、他の生霊や様々な存在たちも姿を見せなくなったのは異様な感じでした(生霊といいましてもすべて私に好意的といいますか、会いたがって来ているもので、悪しきものはあの空間には入れなくなっています)。
何しろ私がいる限り常に飛び回っていましたから、それが普通にあるものだと思っていたのです。

僅か1日半でしたが、幸運にもあれが見れた方は(その方の境涯にもよりますが)きっと何かいいことがありますよ。

お楽しみに

私はまだ覚醒していませんから、自分を遊撃手とは自覚してません。

しかしあの遊撃手の使いはどうも私を遊撃手と認識しているようです。
だからこそ「どうしてそんなことをするのか」と拗ねて見せたのでしょう。

中々難しいものです