宇宙全史

RIE

2018/5/16 No.3579

2018・5・7
虚空蔵55様 みわさま 


こんばんは。いつも長い質問に、詳細に回答して頂き、ありがとうございます。頂いたひとつひとつの回答を熟考して、自分の中に落とし込んでおりました。


「意識領域」「無意識領域」「不可知領域=真我(実存)」並べてみると、確かに曖昧に捉えていたことに気づきました。


>「無意識領域というのは、普通の意識領域と同じカテゴリー(領域)にあるもので、ただ、視点が異なる立場からみると、言い方が変わるだけなのです」と
いう回答は、なるほど!と目からウロコでした。


もし、無意識領域のことを物理的、意識的に単なる「盲点」というのであれば


>「無意識という領域を知らない存在、立場によって無意識の領域は存在しなくなる」これは、


一流の霊能者、もしくは境涯が上がり、限りなく神の立場に近づけば、五感の知覚だけで認識している、人間の表面意識とは異なり、多角的多次元的な視点から全てを観れるので、盲点(無意識領域)も限りなく少なくなる、そういう人もいる…ということなのでしょうか?


宇宙全史に導かれる1か月位前に「エメラルドタブレット」という本に出会いました。「アメンティ・ホール」という言葉の意味を探していて遭遇した本だったのですが、その後、すぐに宇宙全史にご縁して読み始めたので、神官トスが書いた本であるエメラルドタブレットはよろしくないのだと思い、読むのを辞めました。ただ、そこに書かれていたアメンティホールという領域のことは気になっていました。「アメンティホール」と「真我」の不可知領域とは同じものなのでしょうか?


(エメラルドタブレットに出会った直後に、間髪入れずに宇宙全史に出会ったのですが、エメラルドタブレットに縁する直前、かなり怪しい、それも明確なメッセージを受け取っていたので、いつか、確認させていただきたいと思っておりました。また次の機会にでも質問させていただこうと思っています)よろしくお願い致します。


世界が平和でありますように…
私たちの天命が全うされますように…。
月読之大神さま、五井先生
いつも、ありがとうございます。


RIE様

「一流の霊能者、もしくは境涯が上がり、限りなく神の立場に近づけば、五感の知覚だけで認識している、人間の表面意識とは異なり、多角的多次元的な視点から全てを観れるので、盲点(無意識領域)も限りなく少なくなる、そういう人もいる…ということなのでしょうか?」

●その通りですが「神」にも色々あるということをよく覚えておいてください



「「アメンティホール」と「真我」の不可知領域とは同じものなのでしょうか?」

●違います
何といいますか…いってしまえば形の中の世界の一つです



虚空蔵55

hami

2018/5/16 No.3578

虚空蔵様 みわ様

いつもありがとうございます。

先程書いたばかりですが、
書こうと思っていた事の本題をすっかり忘れていました。
もう一度書かせて頂きます。

先日、久しぶりに本の整理を
していました。

ずっと前に書いたことがあると思うのですが、
無明庵様が亡くなる前に、ご自身で書籍のセールを
されていて、私はその時に一冊、本を買わせて
頂いたのですが、
その時に、受け取りにブッククラブ「回」という
精神世界の本を扱うお店に受け取りに行きました。

たまたま、その時の、回さんの無料の小冊子の
特集が無明庵様のインタビューでした。

JAXAに行ったりの前だったのと、難しい文章が
読めなくなっていたので、斜め読みした程度だったのですが、
先日、整理をしているときに出てきたので、
読んでみました。

そうして、最後に番外編の取材内容については
下記をご覧下さいというURLが載っていたので
そのページを読んでみました。
http://www.mumyouan.com/k/?S631
こちらです。

そこに虚空蔵様のお名前が出ていましたので、
お知らせしようと思いました。

個人名が出ているのは虚空蔵様だけでした。
どういう状況だったのかは私には分かりませんけれど、
お金の苦労もされたみたいだし、
多分、まんだらけで出版してもそんなに売れなかった
と思うし、出版して貰って感謝しているのではないでしょうか?
多分、そうい事を言いたいのではないかと思ったのです。
EO氏が亡くなった事はすっ飛ばしていますが・・・。

小冊子の方はVOL.103です。

これから神々の欺瞞なども暴かれて、
人間が独立するような取り組みが現れて来るだろうとおっしゃっていますので、
それが宇宙全史の事なのではないかなと思いました。

回さんの小冊子で無明庵様の特集をするのは最初で
最後とのことだったので、
行ったときに偶然入手出来たのは良かったなと思います。

いろいろとありがとうございます。

hami

2018・5・4

2018/5/16 No.3577

2018・4・16
@虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

 大日如来だけ仏陀の系譜と毛色が違ったので納得しました。求聞持法も大日から来たのですね。



 太陽神の位置づけを教えてください。「太陽は地球の母」と書かれていましたが、太陽神の一派として地球神が連なる、と考えればよろしいでしょうか。それとも、お互い自立した存在として在るのでしょうか。

 また、太陽の母にあたるものは何でしょうか?太陽系自体、もしくは、天の川銀河や天の川銀河核でしょうか。それとも、スピリチュアル業界でよく聞く、グレート・セントラル・サンというようなものがあるのでしょうか。

 それではよろしくお願いします。



2018・4・29
A虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

> 人の無意識領域は単に人が意識していない(出来ない)領域に過ぎず「意識していない領域」はその人により様々です。

 エゴが認識できる領域は3次元が中心なのは当然として。4次元以上を正しく認識できる?出来ない?

 エゴでない、人が認識出来る限界は6次元の集合魂やカルマまでと思うのですが、それであってますでしょうか。

 いわゆる「神」と呼ばれている存在は、それより高次の次元(7次元以上)を認識できるのではないでしょうか。

 それではよろしくお願いします。
海様

ちょっとおかしな方向に向いてしまっていますね

せっかくここに縁をお持ちになったのです


お祈りを忘れないように



虚空蔵55



麦茶

2018/5/16 No.3576

虚空蔵55様

ご返答いただきありがとうございます。

ぼんやりと疑問に感じていた部分を分かりやすくご説明いただけて、非常にありがたいです。

おっしゃるような、「この世を楽しむだけの力もないので、欲望や快楽をあきらめてしまっている」状態にまさになっています。
以前友人から「あなたは知識欲がないよね」とか「あなたは他人に興味ないでしょ」と言われた事があって、それも自分がこの世を楽しもうとしていない現れなのかなと思います。
そういう気分が高まる、ネガティブな気分になる時にそれを突き詰めて考えたことがあったのですが、
「では何のために生きているのか」
「生きていたくないな」
「守護霊様や守護神様に申し訳ないな」
という思いとともに、虚空蔵55様がおっしゃられているように
「そもそも何故この世を捨てていかなければならないのか」
という疑問に行き着きます。
それはエゴの本にて拝読できるとのことで、出版される日を心待ちにしております。

神々のお話が出てきましたが、以前の自分へのご回答をいただいた中にも神様のお話を頂戴したことがありました。
そこも詳しくエゴの本にあるのならばそれも興味深いです。
「感情」とは、「共感」とは…
今の自分には説明するだけの材料すらない言葉のように思います。
エゴの本にて詳しく知れることを楽しみに、
日々の中では感謝を忘れずに、
そして楽しむことをあきらめてしまっている状態をこれから自分でどうしていこうか、考えていきたいと思います。
貴重なご指導、ありがとうございました。

2018・4・26

RIE

2018/4/28 No.3575

虚空蔵55さま みわさま 月読之大神さま

こんばんは。
私の長い質問に、丁寧にお答えして頂き、ありがとうございました。回答が大変、興味深くもあり、また新たに謎が出てきたので、質問と確認をさせてくださいませ。


@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


相変わらず、長文になってしまい、すみません。思いの丈を書くと、どうも、毎回こうなってしまいます。お手数かとは思いますが、どうぞ、よろしくお願い致します。


世界が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように…
月読之大神さま
五井先生、慈悲の無い世界で
慈悲を、いつもありがとうございます。

2018・4・27

@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


●アーティストの集合魂は一種の精霊のようなもので、地上での輪廻からは少し外れたところにある者たちです(精霊っぽくない者もおりますが)。
もちろんそれでも地上に降り立つ限りはその制限(輪廻)の輪の中に取り込まれてしまいますが、それでもエネルギー量の多さから人の魂ほどがんじがらめになることはないようです。
あなたの場合はそういう魂ではなく、一定の天命をお持ちですが、通常の集合魂として地上での修業は存在しています。



A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


●宇宙全史における情報開示には様々なパターンがあります。
単純に私の勘違いもたまにありますが、大体は開示基準というのがありまして、その人の進度に応じた開示が行われています。

例えば私の場合、私の本体が遊撃手だと明かされたのはこのワークの中頃より後だったはずです。
それまでは非公開情報でもお馴染みの私の受け持ったカルマとのあがきが象徴していますように、私は「魔導師」そのものだったはずです(厳密にいいますとすでに五井先生が入っておられたので100%ではなかったのですが)。
しかし私の境涯が変わっていくと遊撃手という正体が明らかにされ、現在では更なる在り様も徐々に降ろされています。
(例えば何年か前にここで虚空蔵菩薩(アカシックレコードの神格版ですが)の眷属の白蔵という存在が私についていると書いたことがありましたが、この白蔵は虚空蔵の五色の有様の白、赤、青、黄、黒の中の法界虚空蔵という森羅万象を縦横無尽に包括する者、それが白蔵という存在になります)

あなたの場合も同じで基点はオリオンですが、イルプロラシオンはもちろんプレアデスの要素を学びの過程で受けています。
当時は大きく影響を受けているイルプロラシオンとプレアデスの気配が強くオリオンの要素は発現していなかったので降ろされていません。
人は魂の成長過程での深度や練度によって奥底に秘められた発現しない要素を明らかにすることでまた一層の飛躍を遂げることが可能となるのです(もちろん人にもよりますが)。



B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


●例えそれが煌びやかなオリオンの美意識であろうとなかろうと「エゴ」には変わりはないのです。
しかしそれを俯瞰するにはまだまだ精進がいるようです。
それが高校生と大学生の大きな差なのですが。

そしてそれにこだわる限り精神世界の大学という課程には進めないということになりますが、地上を含むこの宇宙の「形の世界」「現れの世界」で生きていきたい、嫌なことも悪いこともあるだろうけど、もっとこの世界を探求してみたいし、もっと楽しみたいというのならもちろんそれもありです。

この問題は時を待たざるを得ません。



C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


●あなたがここの講師を務められているというのはそういうことではありません。
あくまでも陰始の影響をあまり受けていないという一点に尽きるのです。
どんなやり方、どのような教え方でもそれはその人それぞれです。
もちろん一定水準の立場にないと講師にはつけませんが、それでもそこに立つことが出来るかどうかはひとえにその人の陰始度の薄さによるのです。

「押しつけがましい」というのはオリオンの有様で、どちらかというとエル・ランティに似ていないこともないですね。
あれはすごいですよ…豪華絢爛で煌びやかですが…あなたの煌びやかはそういう物質的なところではないのですが。
またあんなに陰始にがんじがらめにされてはいませんが、独特の美意識をお持ちだという点は同じかもしれません。
何といいますか「こういうやり方でないとダメ」という感じでしょうか。


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


●まずあなたの誤解から説明しておきます。

人の無意識領域=真我(実存)

ではありません。
人の無意識領域は単に人が意識していない(出来ない)領域に過ぎず「意識していない領域」はその人により様々です。
極端にいいますと無意識という領域を知らない存在さえいるのです。
ちょっとわかりにくいかも知れませんが、立場によって無意識の領域というのは存在しなくなります。

つまり無意識領域というのは努力すれば(あなたの仰るように)そこから様々なものを持ってくることは出来ますが、不可知領域である真我(実存)からは何ものも持ってくることなど出来ないのです。

真我(実存)という領域は「人間の無自覚領域」というようなものではなく、そういう領域すらも遥かに超えた在り様なのです。
あなたは通常の人間の「無意識領域」と「真我(実存)」の「無」を混同している、或いは同じものとしてみています。
もっといいますと通常の「無意識領域」というのは普通の意識領域と同じカテゴリー(領域)にあるもので、ただ視点が異なる立場から見るといい方が変わるだけなのです。

ですからあなたの仰るように無自覚領域から何やかやを引っ張り出してきて地上の何やかやの役に立てるということは出来ないことではありませんが、やっていることは同じく現れの世界において動き回っているだけのことになります。


これまでこの宇宙全史のワークでは不可知である真我の詳細な言及はなるべく避けていました。
そもそもそこに関して何かを言及するなどということは原理的に出来ない領域ですから、どう理解して頂ければいいのでしょうか(と最近は悩みまくっている私です)。


上記のことはさておきましてあなたが新たにやっておられるカリキュラムはあくまでも地上のカリキュラムでして、それがあなたの視点の逆転につながっているわけではありません。
もちろん現状あなたが精いっぱい考えて実行しておられるカリキュラムはそれはそれでいいのです。
そうやってあがいていく中での修業というのがあなたのやり方になっています。
しかしそれが視点の逆転につながることはありません。

「逆転しつつある」といわれているのは「エゴが薄くなりつつある」と同義なのです。
あれこれやって、色々あがいて、すったもんだしてやがてそういう中であなたはいつしか「ああこれは必要なかったんだ」と知る日が来るかもしれません。
或いはもっともっとと様々なカリキュラムを工夫して、素晴らしいシステムを構築し、多くの人々に喜ばれるかもしれません。

どうなるかは私の関知することではなく、あなたの望むとおりに進行していくことでしょう。

しかしそこで現状月読之大神は「逆転しつつある」と仰ったわけですから、その行く末は(私にとっては)楽しみなことかも知れません

麦茶

2018/4/25 No.3574

虚空蔵55様、みわ様、月読之大神様、五井先生、いつもありがとうございます。

皆様への質疑応答を拝見し、自分には全然出来ていない!という改めての気づきをいただきありがとうございます。
うまく理解できない部分があったので、質問させてください。

どっぺん様への回答(no3570)の中で、
湧き上がる感情に触れてはいけないというお話がありました。
これまで、腹が立った時はこれはエゴだから気にするな、
という風に回避を試みられる事はありましたが、
(最近は感情を抑えられない事が多くて、
とても回避できているとは言い難いので気をつけます)
「感激」「楽しみ」までも触れてはいけないという事にとても驚きました。
RIE様への回答(no3567)にて、死後の二通りの在りようをご説明いただいている中で、「現世で思い残したらいけないんだ」とざっくりと理解しており、
以前書かれていたカルマについてのお話からも「全てにおいて後悔なく生きればカルマは蓄積されないんだ」とこちらもざっくり理解しておりました。
そして「思い残さない」=「良心に従う」=「自分が本当に楽しいと思うことをする」という思い込みがあったので、「楽しみ」に触れない生き方とはどうしたらいいのか分からなくなりました。
「良心」=天命、「わくわくする楽しみ」=エゴという事なのかなと思うのですが、区別がつきにくいと言うか…むしろ「良心」を実感できたことがないので区別の仕様がないというのが現状かも知れません。

ここまでは私が混乱している現状の説明で、長くなってしまい申し訳ないです。
お聞きしたいのは、「人を楽しませる」という天命を持っている人もいるのではないか、その人が創り出す現世における成果物はそれに触れた人の「感激」や「楽しみ」が必然的について回るのではないか、という事です。
虚空蔵様が以前書かれていたユートピアのような世界では、例えば芸術も今以上に花開くというイメージを持っています。その場合にも人々の「感激」や「楽しみ」は生まれると思います。
私の理解が浅いために矛盾に感じているのだと思うのですが、見る人の「感激」無くして芸術は成り立つのか、「楽しみ」無くして他者とのコミュニケーションは成り立つのか、ご教授いただけると幸いです。

日常のコミュニケーションの中で、「共感」が求められる場面は非常に多いと思います。特に女性は…悩みにしろ喜びにしろ「共感」が無いと容赦なく「冷たい人」とカテゴライズされそうなものです。
そこに合わせに行く必要は本来無いのだと思いますが。
様々な湧き上がる感情に触れずに平静でいるという事は、相手の感情に「共感」できない自分になるような気がします。
当然ながら周囲で宇宙全史を知る人はいません。
そんな環境にいる人にとって、「冷たい人」にならずにコミュニケーションを取りながら、平静でいられるようにするにはどうしたらいいのでしょうか?

的外れな考えになっていたら、お手を煩わせるのは忍びないので、その時はご回答はなくて結構です。
的外れな事を言ったのだなと理解いたします。
もし何かアドバイスをいただけるようであれば、よろしくお願い申し上げます。

2018・4・24
麦茶様

あなたが矛盾しているわけではないのです。

ただ精神世界の本当の構造がとても難しいことになっているのです(本当は単純なのですが、色々事情がありまして私たちにはややこしく映っています)。

詳細はやがて出るであろう「エゴ」の本をお待ち頂くことにしまして、ここでは簡単に説明しておきます。


人が泣いたり悲しんだり、はたまた楽しんだり感激したり、喜びに満ちたりという感情の世界にあるのは、大体高校生どまりの境涯になります。
そしてその境涯が間違っているのかといいますと一概にそういうわけではなく、そこにとどまりそこで世界を味わって生きるということは大多数の魂が望んでいることでもあります。

ただそこから「厭離穢土(おんりえど)」というもはやこの世を楽しむことができない存在はそこからの脱却を目指します。
それに真我(実存)という世界が現れて来るのです。

どちらがいいとか悪いとか、上か下かということはないのですが、その魂の方向性とどこまで行きたいのかという欲望にかかっています(これはもうほぼエネルギーの問題になります)。

地上に、あるいは形の世界に、現れの世界にとどまり、そこで楽しみを味わい尽くしたいというのも全然アリなことで、実際その段階の最高点ではあなた方のいうところの神々たちがウジャウジャいます。
あなた達も神になろうと思えばなれるのです。
(しかし神にも色々ありまして、人間のエゴのようなものを持ったまま神として存在するものもあれば、ほとんど真我の存在でありながら慈悲のために神として在る魂もあるのです)

よくよく自分を顧みてください。

もうこの世で楽しむことができないと思っているでしょうか?

もうこの世界ではすべての快楽を味わい尽くして、うんざりだと思っているでしょうか?

それともそういうことをするだけの力もないので、欲望や快楽そのものの実現自体をあきらめてしまっているのではないのでしょうか。
これは「厭離穢土」の境涯とは全く正反対のもので、似て非なる境涯になります。

丁度この辺りのことを「エゴ」の本に書こうとしていますと突然、

「すべての欲望、快楽を味わい尽くして真我に至る道もある」

「その方があなた方はやり易いかも知れないね」

と降ろしてくる存在がありました。
聞いてみると韓非子(かんぴし)という昔の中国の思想家でした。

ところがそのあと一寸ありまして詳細は本の方でお読みになって頂きたいのですが、この問題にはまずクリアしなければならない基本的な認識があります。

例えば、

「感情」とは?

「思考」とは?

「共感」とは?

「芸術」とは?

「そもそも何故この世界を捨てなければならないのか」

そういう疑問を「エゴ」の本は悉く解き放っていくでしょう
(大学に入るということは、この世界からの脱却を目指すということなのです。そこからはもう地上の価値観や常識などは全く通用しなくなるということです)

その完成は今のこの世界の混沌、或いはせめぎ合いの時期を少し外さないと出て来ないかもしれません



虚空蔵55

どっぺん

2018/4/25 No.3573

虚空蔵55様 みわ様
大変失礼いたしました。月読之大神 五井先生申し訳ございませんでした。御指摘の通り大変浮かれておりました。深く反省いたします。

2018・4・23

RIE

2018/4/23 No.3572

2018・4・8
虚空蔵55さま みわさま


こんばんは。

集合魂の概念について改めて書いて頂き、ありがとうございました。
集合魂の概念は分かっているつもりでしたが“つもり”だったようです。今一度、
非公開情報等で、改めて虚空蔵55さまのことや、他の方々の前世やいろいろ読ませて頂き、集合魂の持つカルマの解消のために派遣される今回の人生や、そのカルマを解消する為に、


集合魂に蓄えた経験値や力を付加される、そうしたものを色々組み合わせて地上に送り出すという集合魂の概念を、今回は「そういうことだったのか!」と、しかと理解でき、腑に落とすことができました。


そこで、私が、これまでの転生の概念と集合魂の概念をオーバーラップして受け止め、すっかり盲点となっていた、以前の虚空蔵55さまとの、やり取りの箇所があり、明確にするために、いくつか質問させてくださいませ。


宇宙全史のBBSに初めて書き込ませて頂いた2015年の10月ごろ、当時、私の前世について虚空蔵55さまからお答えして頂いた回答に、


OS先生の前世の時の
>あなたはやはり同じグループの中で巫女(仙女)をしています。
>グループと一緒にあちこちの集落を回り、薬を調合したり、マッサージをした>り、患部を癒したり、様々な相談ごとを聞いたりという、何でも屋さんのよう>なことをしながら、それでも探求をしつつ、色んなことを学びながらも生きて>いきます。


こう書かれていたのを読み、今世で私がやってきたこと、やっていることと、前世でも同じことをやっていたんだなと、瞬時に納得してしまいました。


質問@
前世の私も今世の私も、どこか同じようなことを経験し、生き方も世の中に合わせることもしない仙人級の、相当変わった生き方をしていますが、これは私自身が前世での形質が、どう出るか分からない今世で、恩寵として、与えて頂いたということなのでしょうか?それとも、集合魂の本来の傾向であり、カルマ解消の為にもたらされた経験値と、いえるのでしょうか?


もうひとつ、強く、前世の「感覚」は引き継ぐものなんだな〜、と思えた回答が、前世での名前のくだりでした。


>そのとき付けられたあなたの名前は「リン」とか「リュウ」とかいっています。
呼ぶときは反復して「リンリン」とか「リュウリュウ」とか「リンリュウ」とか呼んでいます。パンダみたいですがまさにそんな感じです<


私は今では、RIEが本名ですが、実は、両親につけられた名前はRIEとは響きが全く、違う名前でした。もの心ついた頃から、以前の名前の響きが、どこか馴染めず、好きと思えたこともなく、その名前を呼ばれることが大嫌いでした。


前世という概念を持ち得た頃から、どういう訳か、私は絶対、前世では「らりるれろ」系の響きの「キャリー」とか「キャサリン」とか「リンダ」とかいう名前だったに違いないと、感覚的にずっと思っていたのです。子供の単なる妄想だったかもしれませんが…


今から20年ほど前に、自分の課題をひとつ越えたと思えたことがあり、ふと、その時、何気なく空を見上げるとイエスのような姿をした雲から光が指していて「綺麗だな〜」と思った瞬間「あなたは、もう、その名前を持たなくてもいい」とインスピレーションが降りたのです。その時「この名前を持つことでの課題はクリアしたんだ!」と勝手に思い、名前を変えると決めました。


直後に「その人に合った善き名前」を見てくれるという方をご紹介して頂き、そこでもらった名前が「RIE」という今の名前でした。漢字は変わっていましたが、漢字はどうでもよく、とにかく、子供の頃から前世の名前の「響き」だと思い込んでいた「らりるれろ系」が入った名前を呼ばれることが嬉しくて、一発で気に入り、15年以上前には戸籍から本名に変えてしまったという経緯があるのです。


それ故、虚空蔵55様が書いて頂いた前世の名前は、まさか、中国のパンダのような響きとは思いませんでしたが、「やっぱり、らりるれろ系の響きの名前だった!」前世、慣れ親しんでいた名前の感覚って残っているものなんだな〜と、ここでも、強く納得してしまったのです。


質問A
名前の響きについて、前世で懐かしかった音の響きを覚えていたのだ…と妙に納得していたのですが。これは、集合魂として思い出さないといけない何かがあるから、今世、集合魂から派遣される時に意味あって植え付けられた感覚的な響きだったのでしょうか?単にイレギュラー的に感覚が残っていただけだったのでしょうか?


そして、今回の母の件では、前世においても、やはり、同じようなことを前世でも、全前世でもやっているんだと〜またまた安易に受け止めていたようです。


質問B
前回の母に対する回答で、母は、やがては集合魂のカルマからも外れていきます。と書いて頂きました。母は、昔、人に騙され、当時としては大きな借金を作ってしまい、父も一緒に借金を返済し続けました。今ではすっかり借金もなくなりましたが、未だに父にいろいろ言われるので、ほとほと嫌気がさしているようです。


母のヒーリングの能力は、借金を作ったころと前後して、人をたくさん癒せるようになっていったようです。この、騙されて借金を作り返済し続けたというのは母の集合魂のカルマの解消のための出来事だったということなのでしょうか?


質問C
これも、前回の回答の中からの質問ですが、
>あなたのお母さんはベースに人のためになりたいという気持ちがあり、あな>た達の幸せをすごく強く望んいます。しかしそういう使命を持ちながらも自>分の目的をすごく望むというあなた(RIEさん)と同じような天命を持っています。


この回答で「使命」と「天命」という言葉が両方でてきて、曖昧に受け止めていたことに気づきました。以前、使命とは、自分の根底の思いというより、外部からのやるべきことといった要素が含まれると書いて頂いた記憶があるのですが、

ここで伝えて頂いているのは、子供の幸せを願う「親としての使命」という意味で良いですか?そして天命というのは「集合魂の意図」という認識で良いでしょうか?


質問D 
母と同じような天命を持つということは、私は母と同じ集合魂から派遣されている…ということなのでしょうか?


質問が多くなり、申し訳ありません。曖昧にするより確実に確認しておこうと思いました。どうぞ、よろしくお願いいたします。


2018・4・20
虚空蔵55さま みわさま

こんにちは。
この数日、長いこと言葉だけは知っていた「私は在る…」「I am that 」の感覚が、突如、分かった気がしています。文字を伴うヴィジョンのきっかけはあったのですが、徐々に物理的に見えている世界の認識や感覚、知覚に変換が起こっているかのようです。


エゴというものも概念や言葉ではなく、私に分かりやすいイメージのようなヴィジョンで「私は在る」ものから観えている気がしています。これまでの深い所に在った盲点に気づき、見え始め、根底から視点が変わりつつある…そんな感じがしているのです。


浮かび上がる想いは、今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…なのです。これを、以前に回答していただいている「本来の私」とは何ぞや?その道の探求として、そのまま受け止め、新たなステージとして歩み始めても、遠回りする事にはならないでしょうか?そこを確認しなければと思いました。どうぞ、よろしくお願い致します。




世界が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように…
いつも、ありがとうございます。


RIE様

質問@
「前世の私も今世の私も、どこか同じようなことを経験し、生き方も世の中に合わせることもしない仙人級の、相当変わった生き方をしていますが、これは私自身が前世での形質が、どう出るか分からない今世で、恩寵として、与えて頂いたということなのでしょうか?それとも、集合魂の本来の傾向であり、カルマ解消の為にもたらされた経験値と、いえるのでしょうか?」

●あなたの集合魂はちょっと変わったところの出身者たちです。

地球上では宇宙全史で解明してきましたように大きく分けて二つの星系の派閥に分けられます。
一つはイルプロラシオン。
もう一つはプレアデスです。
ところがあなたの集合魂はオリオンから来ています。
これまであまり宇宙全史では出て来なかった星系ですからここで少しお話しておきます。

というよりもあなたの形質を明確にしていくと大体オリオンの傾向が分かるかもしれません。

オリオンは良くも悪くも外見を気にします。
それもものすごく。
人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。

美意識が高いといってしまえばそうなのですが、それはオリオンの美意識ですから地上の庶民の美意識とはまた少し異なります。
例えばあなたは庶民のように見栄や外見、ブランド物にこだわったりはしません。
ベクトルが違うのです。
きらびやかな美意識なのですがそっち(地上)の美意識ではなく、いわば崇高な美意識といったらいいでしょうか。
だからこそ月読之大神は宇宙全史の講師の認可を出されたのです。

もう一つ「押しつけがましい」というところがあります。
いい方がちょっとあれですが、アプローチが強いといった方がいいかもしれません。
そういう人ではないと世の中を変えていくということは出来ないのですから、私のように謙虚な人間には向いていないのです(〜)。


質問A
「名前の響きについて、前世で懐かしかった音の響きを覚えていたのだ…と妙に納得していたのですが。これは、集合魂として思い出さないといけない何かがあるから、今世、集合魂から派遣される時に意味あって植え付けられた感覚的な響きだったのでしょうか?単にイレギュラー的に感覚が残っていただけだったのでしょうか?」

●あなたの場合は意味付けとか宿命とかいう形ではなく、どちらかといいますと「好き」といった方がいいでしょう。
音には音色とか音階とか波長とか色々ありますが、そこに馴染むほどあなたが本来持っているものが発動しやすいということがあります。
そしてまたあなたの集合魂(あなたもですが)はそれくらいの「好き」は通してしまうといいますかどうにでもできる力はあるのです。


質問B
「前回の母に対する回答で、母は、やがては集合魂のカルマからも外れていきます。と書いて頂きました。母は、昔、人に騙され、当時としては大きな借金を作ってしまい、父も一緒に借金を返済し続けました。今ではすっかり借金もなくなりましたが、未だに父にいろいろ言われるので、ほとほと嫌気がさしているようです」

●借金はカルマというより傾向性といいますか、巫女をやる人というのは一概に人がいいのです(例外もあります)。
悪い事というのを自分で許容できないということがあります。
だから借金でもなんでも自分でキチンとクリアにしなきゃ嫌というたちなのです。

引き受けたくなければ引き受けなくてもいいのですが、まあいいやって思ってしまうのですね。

単にそういう(人が良い)タイプなのです。
(私のように人が良くて騙されないというタイプはこの宇宙では稀だそうです)

ですから集合魂のカルマといえばまあそうなのですが、現世的な性癖といってしまえばそうともいえるのです。

なお借金とかは人を恨みながら返すというのは違うのです。
気にしなくても、まあいいやって思うところが今生での助けになりますし、クリアさにつながるのです。
お父さんとあなた達の境涯の違いがそこに出ています。


質問C
「これも、前回の回答の中からの質問ですが、
>あなたのお母さんはベースに人のためになりたいという気持ちがあり、あな>た達の幸せをすごく強く望んいます。しかしそういう使命を持ちながらも自>分の目的をすごく望むというあなた(RIEさん)と同じような天命を持っています。


この回答で「使命」と「天命」という言葉が両方でてきて、曖昧に受け止めていたことに気づきました。以前、使命とは、自分の根底の思いというより、外部からのやるべきことといった要素が含まれると書いて頂いた記憶があるのですが、

ここで伝えて頂いているのは、子供の幸せを願う「親としての使命」という意味で良いですか?そして天命というのは「集合魂の意図」という認識で良いでしょうか?」

●あなたの場合はそれで結構です。


質問D 
「母と同じような天命を持つということは、私は母と同じ集合魂から派遣されている…ということなのでしょうか?」

●その通りです。



2018・4・20の分から
「以前に回答していただいている「本来の私」とは何ぞや?その道の探求として、そのまま受け止め、新たなステージとして歩み始めても、遠回りする事にはならないでしょうか?そこを確認しなければと思いました」

●まず月読之大神からのお言葉です。

「視点が逆転しつつあるのは、いい事じゃない」

遠回りするどころか「視点が逆転しつつある」のです。
しかもそれが「いい事じゃない」ということなのです。

しかしそれをあなたは少し怖いといいますか、間違ってはいないかと危惧しておられます。
そして「危惧している」のはあなたのエゴでもあるのです。
つまりオリオンの有様(エゴ)からすると危機感を覚える状況にあるのです。

あなたはどっぺんさん風にいいますとやっと高校3年生になったばかりです。
それなのに宇宙全史の講師を務め、先日はどっぺんさんを指導しておられます。
それではどうして大学入学のオリエンテーションをしているどっぺんさんを高校3年になったばかりのあなたが指導できるのでしょうか。

それはRIEさんとどっぺんさんでは同じように大学に入学するにしてもその過程はそれぞれ異なるからです。
例えばイルプロラシオンの完全覚醒者の3人の内の一人であるEO氏はあの時点では私より境涯は高いところにおられました。
しかし彼には人類を導くという使命は存在しませんでした。
ただ彼は彼のやさしさで出来る限りのことをしていたのです。

つまりはそういうことなのです。
人はそれぞれの境涯においてそれぞれの使命を持ち、それぞれの天命を持ちます。

誰が上で誰が下ということもなく

その中であがいていくしかない身が私たちなのです。

それでもあなた方にはこの宇宙全史というはかり知れない恩寵があります

この先にはまだまだ多くの人たちが

辿り着けていない謎が

山ほど控えています

それを知るに値する人たちが

果たしてどれだけ

出て来るのでしょうか



虚空蔵55

2018/4/23 No.3571

虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

 大日如来は天之御中主大神でしょうか。それとも、アルデバランにつながっている人物なのでしょうか。

 なんらかの形で空海の前に現れたのではないかと思っています。

 それではよろしくお願いします。

2018・4・20

海様

「大日如来は天之御中主大神でしょうか。それとも、アルデバランにつながっている人物なのでしょうか」

●大日如来は天之御中主神主の一派ではありません。一言でいいますと太陽神の一派の皆さんで地上ではやはり大きなエネルギー神になります。

またアルデバランとも関係はなく(何事もこの宇宙のお話ですから全く関係ないとはいい切れませんが別なものです)



虚空蔵55


どっぺん

2018/4/23 No.3570

2018・4・21
虚空蔵55様 みわ様
御指導どうもありがとうございました。
私のレベルが実存を云々出来るようなものでないことは自覚していたつもりで、自惚れておりませんでしたが、このような御言葉を賜わるとは思いもよりませんでした。

月読大神 本当にありがとうございます。今後も精進を重ねてまいります。決して驕りません。
虚空蔵55様 これまでずっと変わらずお導きいただきましてありがとうございます。虚空蔵55様無しではここまで来れませんでした。

しかしまだまだです。大学卒業し大学院へ入れるよう頑張ります。百万円の例の本をお授けいただけるよう頑張ります。どうかこれからも深遠なる御指導よろしくお願い申し上げます。

ひとつだけ質問をお許し下さい。
月読大神と五井先生がタッグを組まれたという稀有の出来事の素晴らしさが、残念ながら今のこの私には本当のところ何も分かっていないと思います。それについてどうか詳しく御教示いただきますようよろしくお願い申し上げます。

こんな日が私の人生に来るなんて思いもしませんでした。私の集合魂は喜んでくれているでしょうか。ありかとうございました。今夜いま、家内は隣にいますが、祝杯を一人静かにあげさせていただいています。カープは先程中日に負けましたが。今日はワインを楽しむことをお許し下さい。感謝で一杯です。酔ってきています。父親を思い出します。


2018・4・21
お問い合わせ内容 = 虚空蔵55様 みわ様 御指導どうもありがとうございました。 私のレベルが実存を云々出来るようなものでないことは自覚していたつもりで、自惚れておりませんでしたが、このような御言葉を賜わるとは思いもよりませんでした。 月読之大神 本当にありがとうございます。今後も精進を重ねてまいります。決して驕りません。 虚空蔵55様 これまでずっと変わらずお導きいただきましてありがとうございます。虚空蔵55様無しではここまで来れませんでした。 しかしまだまだです。大学卒業し大学院へ入れるよう頑張ります。百万円の例の本をお授けいただけるよう頑張ります。どうかこれからも深遠なる御指導よろしくお願い申し上げます。 ひとつだけ質問をお許し下さい。 月読之大神と五井先生がタッグを組まれたという稀有の出来事の素晴らしさが、残念ながら今のこの私には本当のところ何も分かっていないと思います。それについてどうか詳しく御教示いただきますようよろしくお願い申し上げます。 こんな日が私の人生に来るなんて思いもしませんでした。私の集合魂�
O4n$s$G$
/$l$F$$$k$G$7$g$&$+!#$"$j$+$H$&$4$6$$$^$7$?!#:#Lk$$$^!"2HFb$ONY$K$$$^$9$,!"=KGU$r0l?M@E$+$K$"$2$5$;$F$$$?$@$$$F$$$^$9!#%+!<%W$O@hDxCfF|$KIi$1$^$7$?$,!#:#F|$O%o%$%s$r3Z$7$`$3$H$r$*5v$72<$5$$!#46
どっぺん様

2通目のメールは13分後に来ています。

同じメールですが、ご覧のように末尾部分が文字化けしています。
(おそらく浮かれて何かの間違いで誤送信してしまったのでしょうが、そこにその時のあなたの境涯が如実に出てしまっています)

ちょっと浮足立ってしまいましたね。
もちろんうれしい時はお酒を飲んでもいいのです。
しかし上位の段階にたどり着くと際立って重要なメソッドがあります。

すでにここではお伝えしていましたが、それは「平静さ」でした。

よろこぶな、酒を飲むなとはいわないのですが、その行為に「触れ」てはいけないということがあります。
「怒り」「悲しみ」「ねたみ」「感激」「楽しみ」あらゆる感情は生きている限り湧いて出てきます。

その湧いて出てきたものに触れてはいけないのです。

それが大学に入学する境涯の者が育まねばならない資質になります。


あなたの境涯はまだ大学に正式に入学してはいません。
大学入学に向けてのオリエンテーションの最中といったところが正確な表現になります。
それでもこれまでの宇宙全史の生徒さんたちの中では飛び抜けているのですが、キチンとした方向付けとそれにふさわしい資質の確保というのは強く求められます。

いずれにせよ大学付近まで来ますと本当に難しいカリキュラムが山積みです。

焦らず腐らず

さらに浮足立つこともなく

やるべきことを粛々と



虚空蔵55