HOT・Bは1983年から1993年にかけて活動したゲームメーカーである。卓抜な発想力と果敢なチャレンジ精神で多彩な作品をリリースし、近年は伝説のファミコンゲーム「星をみるひと」がNintendo Switchで復刻されて話題となった。
この連載は、HOT・Bの十年にわたる足跡を追い、中小ゲームメーカーの目から見たゲーム史をとらえようとするものである。
MD版「インセクターX」チラシ
セガ・メガドライブのソフト開発に名乗りをあげたHOT・Bは、メガドライブ第一弾をアーケードゲーム「火激」の移植と決定し、1989年7月ごろ、東大阪のメーカーに外注した。だが作業は遅々として進まず、スタートから二年近く経った1991年4月26日、やっとのことでリリースされた。が、その発売当日、まさかの新聞広告で「ホット・ビィ製のゲームソフト「火激」は当社制作による業務用ゲーム「火激」とは全く関係のない別のゲームです」と開発元の金子製作所からダメを出されてしまったのは、前回記したとおりである。
こうして第一弾がもたつくかたわら、1990年9月7日、当初第二弾の予定だったメガドライブ「インセクターX」が「火激」に先んじて発売された。
「インセクターX」は、ミクロの昆虫たちとの戦いをテーマとした横スクロールのシューティングゲームで、アーケード版、ファミコン版、メガドライブ版があり、すべてHOT・Bが手掛けている(製作は外注)。
アーケード版は1989年にタイトーからリリースされ、翌1990年9月7日、HOT・B自身からメガドライブ版が、同9月20日、タイトーからファミコン版が発売された。
注目されるのはその路線の違いである。アーケード版とファミコン版ではコミカル路線が採用され、昆虫もかわいく人物も二頭身のキャラが動きまわる。一方メガドライブ版は唯一リアル路線をとっている。
このメガドライブ版「インセクターX」発売のチラシをご覧いただきたい。画面にはシャープなスズメバチの巨大なイラスト、タイトルの下には白字で「ハイパーリアル・シューティングゲーム」と記され、「今、ハイパーリアルが羽化する─アーケード版のコミカルタッチを一新。戦慄の横スクロールシューティングゲーム、新登場」と解説されている。全面的にリアルを称揚し、まさに真打ち登場のおもむきなのである。
この背景には最初のアーケード版「インセクターx」開発時における路線変更の経緯があった。というのも、当初HOT・Bはこれをリアル路線で企画したのだが、タイトーの意向でコミカルタッチに変更し、このメガドライブ版で本来のリアル路線が復活したというわけなのだ。しばしば諧謔路線に持ち味をみせるHOT・Bだが、このメガドライブ版「インセクターX」はかれらのクールな感性が冴えわたり、今見てもまったく古さを感じさせない。今回は、HOT・B三名のスタッフ――「サイキックシティ」から企画に参加し、以後同社の中核を担った栗山潤、「星をみるひと」のグラフィックを担当し、この時グラフィックリーダーとして手腕をふるっていた木下亮、「インセクターX」から企画に加わり、後期の同社を縦横に支えた朝長彰教――への取材と貴重な一次資料にもとづいて、リアルとコミカルの路線変更をたどり、メガドライブ版「インセクターX」への歩みを追ってゆきたい。
最初期の企画書表紙。
1988年1月、HOT・Bはアーケード版「インセクターX」の企画をタイトーに提案してゴーサインを貰った。企画は栗山潤、グラフィックは木下亮。その年の後半から企画に朝永彰教が加わった。
先述した通りこの作品はミクロの昆虫との戦いを扱ったシューティングゲームである。最初の仮題は「昆虫戦争 マイクロンX」。企画の栗山潤によれば、手塚治虫「ミクロイドS」からの発想であったという。
1988年11月ごろの企画書が残っている。プレイヤーの一番の敵となるボスキャラの昆虫を取り上げたものだ。
生々しさと無機質さがミックスされた初期敵デザイン。
企画書「MICRON X」(仮)
BOSS クモ アニメーション
うぢゃうぢゃと動く足の動きでクモの気持ち悪さをアピールしたい
弱点・アゴ及びアゴの間の発射口
BOSSバッタ アニメーション
頭・腹をメタリックな感じに描き、足も機械的な動きをさせることにより虫のもつ機械的な感じをアピールする
弱点◎触角
BOSSゴキブリ アニメーション
羽の油ぎったてかりと足の速い動きでゴキブリのいやらしさを演出
弱点◎なし←ゴキブリのいやらしさをアピールするため
BOSSスズメバチ アニメーション
流線形の体、鋭い針で威圧感とある種のカッコ良さをアピールしたい
弱点 ◎ムネ
それぞれの虫が木下によってあざやかに描かれ、各部分にこまかく解説がほどこされている。生態をとらえた動き方の指定も明確だ。敵の大将というボスキャラの設定にHOT・Bがどのような工夫を凝らしていたか、じっくり堪能したい。
「うぢゃうぢゃと動く」クモの気持ち悪さ、バッタの「機械的な感じ」、「油ぎったてかり」を帯びたゴキブリのいやらしさ。とりわけゴキブリの絵と指定の克明さは鮮烈だ。
「ヒゲは細かく振えて(ママ)いるが、開いたり閉じたりしている(尻のメカが開いてるときはヒゲは閉じる)」「足は歩いているように動かして下さい(カサコソと動く)(画面を上下左右に動くのでうまくアニメーションしてください)」
機械的な意匠はありながらもゴキブリらしさが強く出ていた。
なんとも肌身に迫ってくるリアルさで、これを読んだタイトーの担当者もさぞかしリアルを感じたに違いない。というのもタイトーはゴキブリの説明図を見た後、厳然とHOT・Bに路線変更を命じたというのである。
「気持ち悪いから叩き潰したくなるのではないか」と朝長が抗弁したが、タイトーの意思は変わらなかった。この虫は海外で忌避感が強いからとの理由も加わった。ゴキブリのリアルさはタイトーの皮膚感覚を完全に目覚めさせてしまったとみえる。
ゴキブリがダメなら、とHOT・Bは、急ぎ新しいボスキャラを提案した。選んだのはタマムシ。リアルなタマムシの図を載せた新企画書を読んでみよう。
「ゴキブリに代わるR3都市のBOSSです。基本的なアニメーションの構成は足や触覚を動かし、また固い羽根の部分が虹のようになっていて点滅します。
タマムシの問題点としては
① 海外の人はタマムシを知っているか
② 都市面のBOSSにタマムシはふさわしいか
の2点が考えられますがこの点についてタイトー様側はどうお考えでしょうか」
「うーんそうじゃないんだよなあ」とタイトーは考えたのではないだろうか。
ともあれ路線変更は覆らず、タイトーはリアルタッチからコミカル路線に変更するためキャラデザインを引き揚げた。もっともHOT・Bのグラフィックは木下ひとりであったから、経験値の高いタイトーがキャラ全般手掛けてくれるのは労力面で必ずしもマイナスではなかったと木下は言う。
企画初期の自機デザイン
仕様書に描かれた新デザイン
その後1989年1月のものとみられる企画書「NEW MICRON X(ニューマイクロンX)」にはタイトー主導の新キャラクター、二頭身の主人公がコミカルタッチで登場している。タイトーの担当者は、色数も手数も要するアーケードタイトルを多数手がける実力派であった。全5ステージの構成で、昆虫界を襲撃する敵のボスキャラはハチ、バッタ、ガ、クモ、カマキリ。ここに昆虫族のヤンマーが人間の少年とともに立ち向かう。
ここでひとつ大切なことを補足しておきたい。栗山の発言によればアーケード版「インセクターX」の開発は、アーケード版「中華大仙」のシステム流用を前提としたものだったという。「中華大仙」は1988年7月、HOT・B開発でタイトーから発売された横スクロールのシューティングゲームである。アーケードゲームは基板やゲーム開発のコストが大きいため、同じ基板をいかに他作へ流用できるかが開発の肝だった。画面のレイアウトや自機のパワーアップ方式、緩急の体感など「中華大仙」と「インセクターX」はよく似ている。その類似はすでに多くのユーザーから指摘されてきたが、確かに両者のシステムは同じであったのだ。
開発は順調に進み、仮題も現行のものに改められて1989年8月、アーケードゲーム「インセクターX」は無事リリースされた。なお、コミカルへの路線変更はキャラクターのみで、背景はすべて木下が描いている。
さてアーケード版の後、HOT・Bはこれを移植したファミコン版とメガドライブ版に取り組み始めた。1989年6月段階でファミコン版の企画が始動していたのを示す痕跡が残っている。双方とも同じ業者への外注で、どちらもアーケード版を踏襲し、コミカル調で開発されていた。
変化が起きたのは、HOT・Bがメガドライブ版の進捗を確認したときだった。そもそも8ビットCPUのファミコンに対して、メガドライブは16ビットCPUを搭載し、使える色数もファミコンは52色、内、一画面に出せる色が25色(透過・背景色含む)。一方のメガドライブは512色中64色。表現の幅も格段の違いである。だが外注先のメーカーは、そこにファミコン並みのグラフィックしか入れていなかった。そのメーカーにはメガドライブのクオリティを描けるスタッフがいなかったのだ。HOT・Bは急遽自社でのグラフィックのやり直しを決め、それならと現コミカル路線から当初のリアル路線へ戻すことにしたのだった。
「インセクターX」は、ゴキブリの復活こそなかったが、路線変更のビフォーアフターが両方世に出た珍しいケースとなった。メガドライブ版のキャラたちは、リアルな有機体の形姿とメカニックの質感を併せもち、ハードな世界観を縦横に展開している。アーケード版・ファミコン版同様の明快なシステムやプレイしやすさとともに、HOT・Bの突出したビジュアルがユーザーを一種異様な昆虫界の真っただ中に連れてゆく。
なお、この時期ずるずると発売日を更新し続けた「火激」に対し、このメガドライブ版「インセクターX」は、広告に具体的な日付を出さず「発売接近中」の文言で乗り切った。これは『Beep!メガドライブ』誌で確認できる。諸事にわたって「火激」の苦い経験を踏まえたHOT・Bの成功作といえるだろう。
ちょうどこの時期、1990年11月21日、かねてから話題となっていた任天堂のスーパーファミコンがリリースされた。スーファミはメガドライブと同じ第四世代16ビットマシンとして、同年中に早くもおよそ65万台のシェアを獲得し、その後も数を伸ばし続けて国内ではメガドライブを突き放した。HOT・Bもまた果敢にこの市場に挑戦してゆく。
メガドライブ版「インセクターX」と、遅れた「火激」との間には、このスーファミの登場があった。両者のインパクトの差はタイミング的にも大きかったことだろう。この後「インセクターX」は国外でも人気を得て売り上げに貢献した。
さて、HOT・Bの歴史もようやく終盤にさしかかる。後期を彩るのはさらに多彩な作品であり、かれらのセンスと可能性をここに来ていよいよ感じさせる。次回は後期の傑作シューティングゲーム「鋼鉄帝国」をとりあげる。