宇宙全史

スーザン

2017/8/6 No.3437

虚空蔵55様、みわ様

いつもお導き頂きありがとうございます。私のような者がくっついていると導いて下さる方は(重くて)大変だろうなと思いつつ、しかしなんとか離れずについて行かねばと、日々気持ちを新たに自らの果たすべきことに注力しようとがんばっています(本当に出来ているかと言えばあやしいところもありますが、一応その気持ちは持ち続けています)。

左のNo.349を読ませて頂いて、私の場合は性欲を含めて諸々の欲望や、感情の起伏等危ない所ばかりのような気がしています。しっかりと祈りを忘れずに仕事に励んで行きたいと思います。

こちらで学ばせて頂く中で、五井先生の祈りを土台に日々自分の好きなことに励んで行くということが私の生き方の基本になりました。有難いことこの上ありません。

また、エゴの本の出版が予定されているとのことで、再び私の認識が新たに更新されるものと思います。
こちらもこの機会を無駄にしないよう、しっかりと読ませて頂きたいと思います。

いつもありがとございます。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

2017・7・19

シャギー

2017/8/6 No.3436

虚空蔵様、みわ様。

最近、体調が変で1日何度も、幸福感というのか満足感みたいなものでいっぱいに成ります。
以前よりも恐怖が無くなり、今に集中出来ている感じがします。

それに、守護の神霊を感じる事が有ります。

今まで自分の意思で動いていたと思っていた事が、守護の神霊や集合魂が、色々な状況に私の体を持て行ったり、何かを行っていると感じています。
とすると、この私と思っているモノが何も無い事が分かります。
エゴの想いが現れますが、間違いなくこの肉体は、多くの存在の共有物だと分かります。

そういう意味では、共有している上位の存在と常に意思の疎通が出来ればと思います。

これもエゴの戯れですが、書き込んでしまいました。

エゴが薄くなると、ここに書き込みたいという思いも無くなっていくような気がします。

いつもありがとうございます。

2017・7・19

どっぺん

2017/8/6 No.3435

虚空蔵55様
分かりました。学ばせて下さい。よろしくお願い致します。

2017・7・18

麦茶

2017/7/28 No.3434

虚空蔵55様 みわ様
いつも心身を酷使するような日々の中、気付きと学びを与えてくださりありがとうございます。

守護霊様から「自分をよく見ろ」とご指導いただいてから、色々思うことはあったはあったのですが、結局覚悟が足りないのだろうと思います。何かのせいにしない、自分で責任を持つ覚悟です。
エゴについての本を出していただけるとの事で、楽しみとは言い方が不謹慎かも知れませんが、もっと知りたいという気持ちで心待ちにしています。


以下、質問をさせてください。
質問1
いまだ些細な事でイライラしてしまい(これは私がエゴに振り回されているからで後の月経でのイライラとはまた種類が違うかも知れません)、特に女性である以上、月経の時には本当につまらない事(汗でスムーズに靴下が履けないとか本当にしょうもないこと)でイライラしてしまいます。出産に向けて出血や痛みに慣れるためだけならば、精神バランスの変化は必要なのでしょうか?人体における月経とはどんな役割があるのですか?今後の世界を牽引していく方達はそのほとんどが女性になるであろうというお話でしたが、それは月経がある、あるいは子供を産める体である事と関係はありますか?男性には答えづらいような質問ですみません…


質問2
「維摩経」という仏教の経典に最近出会いました。まだ理解が浅いですが、その中で言われる「自分の都合を小さくする」という教えは宇宙全史での「エゴを薄くする」とまさにリンクする捉え方のようです。NHKで紹介されていた際には、維摩居士がただの在家者ではなく実は別世界の人だったという説明でした。
維摩とは、実在していた人物なのでしょうか?実在していたとして、どんな人物なのか、そして現在はどこでどうされているのでしょうか?


掲示板の様相も変化した現状で、このようなとりとめのない質問を掲載していただけるか分かりませんが、何かご教授いただけるようであれば何卒お願いいたします。

2017・7・16
麦茶様

質問1の回答
●シンプルにいいますとあなたの仰るように月経は子供を産むためのシステムというだけのことです。
色々後から人間がとって付けたことをいいますが、本来それだけのことです。

ただ女性の身体の特徴的な機構ではありますが、それが肉体の浄化システムも兼ねているということもあります。
つまり正常に機能していれば毎月精神的にも肉体的にもたまったストレスを輩出してくれているのですが、それが近年中々「正常に」とはいかなくなってきているのが現状のようです。

例えば暑い日の冷房などで無理に体を冷やしてしまいますと、どうしても外界と調和した本来の身体の動き、調整が出来なくなってしまっています。
また満員電車や過度な仕事のストレスなども本来の女性としての生き方からはだいぶ外れてしまっていますからやはりスムースに排出することが出来なくなっています。

そのため月経の時傷みや苦痛を伴ってしまうことが多々あるのです。


質問2の回答
●維摩詰は確か前にも書いたはずですが私が受け持つ集合魂(魔導師)の中の一人です。
仏陀の弟子ではありますが、他の弟子たちとは毛色が異なり釈迦集団の中では孤立していた存在でした(性格的には私と少し似たところがありますね)。

唯一相手にしてくれたのは阿難(五井先生の前世)で、この阿難は何事にもほとんど頓着しない方でしたので、維摩詰の難しい問答や難くせに近いやり取りも軽く受け流してしまうので、維摩詰も「暖簾に腕押し」状態で肩透かしを喰らっていたようです。

もちろん維摩詰は実在していました。

今は覚醒して「神」としての座に一応安住しているようですが、そのうちどうなるかは分かりません。


虚空蔵55

どっぺん

2017/7/15 No.3433

虚空蔵55様
身が引き締まるお言葉です。それを読ませていただける準備を頑張ります。どうもありがとうございます。
エゴは今までの私の思いでは、以前にも申し上げましたが、「もうこれは駄目です」と手を焼いて、出来ればそこを切り離して、触れずに通り過ぎられないかというものです。
であるからこそこんな私に「大いに今後の参考となる」のであろうと拝察致しました。
首を洗って待っている以上の準備が何かないかこれから愚考してみます。
いつも必要なご教示を賜りまして真にありがとうございます。

2017・7・10
どっぺん様

エゴの理解はこの世にあるすべての者にとっての究極の智慧と学びになります

例え宇宙の果てを極めたとしても

「自分は誰か」

という問いには答えられないのです


虚空蔵55

どっぺん

2017/7/6 No.3432

虚空蔵55様
どうもありがとうございました。万感胸に迫ると言うのでしょうか、感謝しかございません。

2017・6・13

北玄関

2017/6/13 No.3431

はじめまして
わからないまま歩き疲れている状況なのですが、
信仰で偏ったのかも知れないし、角が取れて優しくなれたのかも知れない。答えを見つけながら、言いなりになることは違うと気付き自分なりの闘いを続けています。その考えに寄り添ってくれる人もいますし、信念の足りないままついて来ようとしてくる人もいます。
本来お経を読む会ですが、修行をされた方々のクセも直らない姿に、
読むのをやめました。言われるままの行で全てが許されるという思い込みと、やらないと何かバチが当たるような恐怖感から、みんなを解き放つために、行だけでない乗り越え方を模索している途中です。

何が正しいのか間違っているのか誰も責めようもなく、それも無意味な気もして、同じ修行をする人たちの縛りをほどきたいという思いで今突き進んでいますが、私の役目から見ればあり得ない状態です。
私はなぜこういう会に属しているのか。
もはや仲間も増えすぎ絆も多くて逃げる事も、本当に救う事も何もできない事態をどう考えればいいのかわからないのです。

具体的なことが何も言えないですみません。
ただ、ついに書き込んでしまいました。

2017・6・8
北玄関様

通常はお答えしませんがビギナーズラックということで記しておきます。
(そういう方が多いです)

あなたは今現在だいぶストレスが溜まっているといいますか、今風にいますと「キーー!」となってしまっています(自覚しておられるようですが)。

「ああもうほっぽり出したい」

「自分にどうしろというの」

そこでほっぽり出してしまえばいいのですが、どうもそれが出来ないようです。
ちょどあなたはその組織の中で中間管理職のような位置にあり、上からと下からの圧力(責任感と頼られるという形の依存圧力)で、「自分には力がないのに」「自分が救わなくちゃいけない」「導かなきゃいけない」という思いに凝り固まってしまっています。


読経自体はそう間違ったメソッドではないのですが、その動機がいかんせん迷走しています。

お経を読めばなんでも救われるというのは、自らのエゴから来る勝手な思いですから言語道断で、エゴを薄くしてくださいというのさえもやはりエゴの勝手な思いにはまってしまうのです。

本当は読経をしつつ、その中で現れる現象なり自分の思いを見つめてそれが何であっても「受け入れる」という姿勢こそが正しい読経メソッドです。


あなたの「何とかしてあげたい」という一見献身的な義務感は、奥底にある「自分はどうにか出来る」という傲慢な思いがその根底にあります。

そこをよく見つめられたら「ほっぽり出す」ことの慈悲が少しは見えてくるかもしれません。


本来この問いはここに書き込むような形では来ていないものですが、まれに縁が付く可能性もありますので初めに書きましたようにビギナーズラックとして掲載しました
(これで終わる方もいれば気づく方もたまにはおられるようです)



虚空蔵55

どっぺん

2017/6/12 No.3430

虚空蔵55様 みわ様
御指導どうもありがとうございました。
よかったですねと言っていただいて、胸にこみ上げて来るものがありました。まだまだこれからと思っておりますが、ここまで来れたのは全て宇宙全史のおかげです。私も瞑想中ずっと五井先生のお祈りをさせていただいています。虚空蔵55様にも五井先生にもおしかけ弟子でご迷惑でしょうが、私の集合魂は大変喜んでくれていると思います。月読之大神には私の甘えや取り繕いを笑っていただき、自分へのごまかしの根深さに少しは気づけるようになったかと思います。本当にありがとうございました。
また完全覚醒を達成されたイルプロラシオンの三人のマスターにも瞑想中よく御指導をお願いして来ました。これもおしかけで図々しかったですが、ありがとうございます。
「一瞥の後、そこからどこまでその精度を深めていくか、一瞥の記憶を保持しつつ更なる真我の体現を求めていくことがこれからのあなたの課題になります」
これからこれを胸に止めて精進致します。今日の瞑想は、わたしの確信が定まったからか、とても深くなって行きました。まだまだです。でもとても嬉しかったので喋りすぎをどうか今回はお許し下さい、どうもありがとうございました。今後の御指導の程よろしくお願い申し上げます。

2017・6・12
どっぺん様

その一瞥の境地にずっと寄り添っていくということを保ちつつ、祈りと共に歩んでいけばいいのです

保持することはとても難しいことですがそれが修行でもあり、スタートラインでもあるのです

これからが大切な時間です

何か疑問や行き詰まりがありましたらここに書き込んでください

私も同じようにギリギリのところで何とか凌いでいます

すぐに返事は出来ないかも知れませんが

必ずお答えします


虚空蔵55

一道

2017/6/10 No.3429

私達が生きていくうえで重要な食事について教えて下さい。私は半年前から1日1食、夜だけ食事しています、新しい仕事につき、いままで自営業だったのですが会社員になりました。体重が15キロ落ちたのですが本当に調子が良くなりいままでできなかった事などはじめています、神経質にこだわっていなく、朝、昼の休憩などは世界平和の祈りに使ってます。少食がいいとかではないんですが、こんなに世の中に食べ物が溢れていてお腹いっぱい食べ物を食べる現代ですがこれからむかえる大難のあとに生きている人達はどのような食事をしているでしょうか?これから世界平和の祈りと平行に食事も重要だと思っていますが虚空蔵様の食事、食べ物についての考え方があれば聞かせていただきたいと思っています。

2017・6・9
一道様

あなたの食べ方(生き方)はとてもいい方向性を示しています。

さらにそこに

「朝、昼の休憩などは世界平和の祈りに使ってます」

人それぞれの生き方はありますが、あなたのそれは優れた一つのお手本のようなもので、私がどうこういうことはありません

エゴを薄くしていく方たちからそうした身体の変化が次々と出て来るはずです

たゆまず精進している方には下のどっぺんさんの体現も同じように顕現して来るはずです

これから現象界も色々出て来るものがありますが、それを克服できるような身体と精神が獲得出来ますように

学びの力は大きいのですが、それよりも何よりも五井先生の祈りの力があなた方の大きな拠りどころとなり、混乱の世の道しるべともなっていくのです



虚空蔵55

どっぺん

2017/6/10 No.3428

虚空蔵55様 みわ様
いつも深遠なる御指導ありがとうございます。

「すべてのすべてであり、無限であり無でもある。満たされており何も無く、ただ無窮の至福に満ちた、ありとあらゆるものの根源であり、始まりでもあるもの」

先日、この実存の説明を読んだとき、それまで真我とかワンネスとか空とかという言葉で瞑想していたときとは全く違う自分の内的な反応が生じたので、言霊の違いは本当に大きいのだなと実感しました。

そして、その日から、それまで平凡だった毎朝の瞑想が日々深化していくようになり、先程、奇しくも6月6日6時に私にも実存が顕現しました。エゴは薄くなっています。一切皆実存です。身心脱落とはこのようなものなのかと思っています。
これでやっとスタートラインにつけたのでしょうか。いつもおたずねして申し訳ありませんが、魔境、妄想などではないでしょうか。御指導よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

2017・6・6
どっぺん様

「魔境、妄想などではないでしょうか」

●あなたが体験したものは実存(もしくは真我)です。

宇宙全史ではまだあまり実存(真我)についての説明を詳細にはやっていませんので曖昧な部分があるかも知れませんが決して魔境などではありません。

ただ真我の一瞥は稀有な事ではありますが、真剣にここで学んでおられる方たちには次々と顕現して来ることになっています。

そして一瞥の後、そこからどこまでその精度を深めていくか、一瞥の記憶を保持しつつ更なる真我の体現を求めていくことがこれからのあなたの課題になります。

よかったですね


虚空蔵55