岩井の本棚 「マンガけもの道」 第25回 |
好美のぼる「呪いシリーズ」前編 白い袋とスカイフィッシュ
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(図1)
表紙の二人は同一人物です
たとえば変なコミック、として有名すぎて定番になってしまったもの。 サンデーコミックス版「機動戦士ガンダム」とか、 楳図かずお版「ウルトラマン」とか「MMR」「野望の王国」とか。「とどろけ一番」やら「Oh!Myコンブ」なんかのコロコロボンボン系もそうですかね。
こういった定番怪作はみな知っているし、過去の書評でもネットでも、 ツッコミどころや落としどころがみんな共通しているので、いまさら感があります。
ただでさえここで取り上げるものはトンチンカンなので、これ以上恥はかきたくないですからね。
逆に破滅的過ぎて取り上げられないものもわりにあります。載せたら苦情がくるんじゃないかと思われるあたりですね。
以前「成り上がり」というY沢栄吉の自伝小説をマンガ化したものを掲載したところ、関係者から削除要請が来ました。
Y沢栄吉の顔がシンプソンズみたいな無表情で、しかも童貞を失ったときに富士山がドカ〜〜ンと爆発したり、 ライブをすると会場にキノコ雲があがるようなマンガでしたが、即効削除。 ということで自分的にはY沢氏=スペル星人のようなアンタッチャブルキャラクタ、と認識しております。
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(図2)
語尾「ァ」「「ッ」は好美先生の特徴
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(図3)
狂死どころの騒ぎじゃないよね
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(図5)
男性は入りづらいなー
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(図6)
マネすると元気が出ますねコレ
出来具合も主張もすごいことになっているものは沢山あるけれど、なかなか怖くて載せれません。シャレにならないですから。
そういった意味では今回紹介する好美のぼるなど、復刻本もたくさん出ているし、 いまさら感もあるほどツッコミ元としては有名だし、内容も差別ネタばかりで破滅的です。
だけれど今回、好美のぼるが70年代末に発表した笠倉出版社からの一連の作品「呪いシリーズ」を読んだら、 ヤバい、ダメだ、これは取り上げないともったいない・・・と思わせるのに十分でした。
表現の限界に挑む、を期せずしてうっかりやってしまったヒト。
よっこらしょ、と気負わずにマンガ表現の枠を破りさった人。 公衆道徳やモラル向上に「賛成!」と手を上げたつもりが、なぜか中指だけ立ってるおっさん。 それが好美氏です。
笠倉の「呪いシリーズ」はタイトルに呪い、とつくだけで、この3作に関連はまったくありません。そもそも3作で終わりなのかもわかりませんでした。
貸本時代から末期の立風書房時代まで、突飛な作品ばかり生んできた好美先生なのでこの笠倉群だけを特別扱いは出来ないのですが、 この3作はモラルのなさという意味では群を抜いているかもしれません。
貸本期であれば別だけど、よくも商業出版でここまで許されたものだと思います。圧巻です。
まず第一作の「呪いの学園」(図1)。
一人の男子をめぐってライバル関係にあった二人の女子の物語・・・やがてひとりは狂死する・・・という激しい設定でスタート。
主人公の名前は東清美、と奇しくも黎明期AV女優と同じ名前。
清美は超ダイレクトで、ライバルが死んだ! と喜んでそれをネタに即、意中 の相川君に迫るがあまりに粘着でウザいので拒否される(図2)。
主人公の言動がいきなりウザくて読者の共感を拒むあたりが読者にやさしくないですね。
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(図4)
そういえば「お天気お姉さん」にやけファンタってあったような
ちょっと前までメソメソする可憐な女子だったのに、2ページ先では「ギガー」「ガウー」。で、でましたあまりに有名な例の驚き声!! 待ってました!
「ウアーーー」
ウワーじゃないですよ、ウアー。以後これで統一しますから従って下さい。
狂死した八重を忘れられない相川君。
一方そんなウジウジした相川がちっとも自分に振り向いてくれないと清美はスネまくる。ウップン晴らしに甘味処に行く清美。
「そうだヤケしるこ食べてやれ」(図4)
ヤケしるこ・・・? なるほど、女子はいやなことがあったら酒の代わりにしるこに行くんですね。それもジャンボで。女子がみなこうであれば、酔って男にアレコレされる女子は生まれまいと思うんですが。
ひとりでヤケしるこ頼んだにも関わらず、店の人は二人分出してくる。
気持ち悪くなって別の店に行く清美。店名は「甘党」(図5)。わかりやすいですね。
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(図7)
アダダス? 発音いいなー
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(図8)
そんな本学校におく必要ないだろ
「そんなッそんなッ気のセイよ!」
「八重のヤツ! 八重のヤツ!」
いちおういっときますが、やけにテンパッて見えますけれど、考えたことはすべて口に出す、が好美キャラクタの特徴ですので、ごく普通です。
化けて出た八重はすっかり顔もただれてガマガエルみたいになって登場、 バースデープレゼントをすりかえるなど姑息な手段で相川君と清美の仲をブチ壊そうとします。
このときに持っているスポーツバッグ「adADAS」はいいとしても、ヒモ、長くないですか(図7)。ポシェットかよ。
やがて清美は幻覚は見るわ幻聴はでるわつきまとわれるわで、すっかり神経耗弱に。
なぜこんなにまで八重に化けられ祟られるのか? ここで時間軸は過去にと戻る・・・そう、やはり恋敵の八重を狂死させたのは清美だったのです・・・。
どうやって八重を呪ったのか? ヨーロッパの魔女の呪いの本を図書館から借りる清美(図8)。
何でそんな本、図書館で貸してんだ! と思うヒマもなく次のシーンでは、何か袋のようなものを御神木に打ちつけ、ワラ人形よろしくカーンカーンと釘をさす。
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(図9)
魔女の呪いじゃなくて丑の刻参りですね
「アルデンプー アルアンプー アールアラン マーニホー八重」(図9)
アルデンプー!! マーニホー!!笑っちゃダメですよ真面目なんだから!
だいたい西洋の魔女の呪いなのになぜ御神木? なぜ五寸釘? なぜ頭にロウソク? ツッコむところをこれだけ無造作に並べ立てられると、ムズムズしますね。
目の前で亀田三兄弟がネックレスチャラつかせてリング上でカラオケしまくり、みたいな「どこから突っ込んだらいいのか、順番まず決めないと」くらいの無防備さです。
はてところで、このクギ打ち付けられてる白い袋は何なのか。
その謎を解き明かすセリフはまさにビクビクもの、薄氷をふむような思いをしないと読めません。
それだけ恐ろしいフレーズだらけです、ここから先は18歳以上35歳未満の、明朗で健全で何があっても動じない、怒らない紳士淑女のみ読んで欲しいのです。
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(図10)
・・・・・・
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(図13)
やめようやめよう
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(図14)
あの〜あの〜
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(図16)
なぜわかる
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(図17)
マーニーホーっていいづらい
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(図18)
白い袋大冒険
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(図12)
・・・・・・
「ねえェ 八重・・・あなたあの日何日がた」
「ええッ」
「わたしはね二十八日がたよ」
「・・・・・・」
「ねえわたしは言ったんだもの あなたもおしえて」
「そんなこときいてどうするの」
「仲良しはその日を知っていたわりあうのよ」
「・・・・・・二十八日がた・・・・・・」
「ほんとうぐうぜんにいっしょね それじゃ今日なんか二人ともそのまっさい中ね」
「東さんおねがいそんな話やめましょう」
「そうねやめようやめよう」(図10・11・12・13)
???
伏し目がちにして保健室に行く八重。その手には白い袋が・・・。
それを捨てる八重。次のシーンには、その白い袋が清美の手に・・・(図14・15・16・17)。
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(図11)
・・・・・・
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(図15)
ふきだし写植入れ忘れ
そ、それってひょっとして・・・もしかして・・・。
ギ・・・ギャーーーーーーッツ!!!
・・・ここではモラル上これ以上説明しませんが、本文中ではそのものズバリの説明と描写があります。いーややりすぎくないコレ・・・。
これを当時ホラーまんがだとおもってドキドキしながら読んだ女子達のゲンナリ具合は想像してあまりあると思うのですが、 好美先生はまるでためらいなくフツーに描写して、本気でこれで怖がらせよう、と考えてるところが素晴らしい。
芳美先生には悪気は、これっぽっちもないのです。ひょっとしたら怖がらせる、のと単なるイヤガラセ、の区別がついてないのかもしれません。 絵柄はこんなだけれどやってることは猟奇事件だよ。
この呪いで八重は狂死してしまうのですが、死して恨みを晴らすべくバケモノになって清美に取り付いた八重は、 清美に仕返しとばかり、今度は清美の白い袋を操る。
白い袋、ピョンピョンはねて逃げてます(図18)。
実に4ページ17コマ(移動距離推定500メートル)も、逃げる白い袋、追う清美が描かれてます・・・いやだわあ・・・。
袋が逃げてきたところはまさに御神木。
あらわれる化け八重。絶体絶命でも改心しない清美は、体を操られ自分の白い袋をトンテンカンカンと釘で打つ・・・。 どんどんバケ面になっていく清美・・・。それでも謝罪せず、果てる清美。
白い袋が原因で二人の少女が死にいたる。なんて恐ろしい話でしょうか! みたいなエンディングで大団円。まともなページが1ページもない!
まあやりすぎなのは確かなんで「男ってホントにいやらしいワ」「女を何だと思ってるの」ぽい発言が出てくるのもぜんぜんアリだと思うのですが、 これは男子で言うならばオナニーしたあとのティッシュで呪われてるようなものです。
ティッシュがペタペタ逃げ回ったり、ティッシュをクギで打ち付けたりしたら、怖がる前に笑っちゃうと思うんですがねえ。 当時コレを読んだ少女達の複雑な顔が目に浮かぶようです。
みうらじゅん先生であればあの白い袋の中には「ああ、その袋にはスカイフィッシュが入ってるんやね」(「正しい保健体育」)ときっと言ってくれると思うんです。 ぼくも今回ばかりはスカイフィッシュが入っててほしい、と思いましたよ、本当に。
好美先生の本はあまり入荷しない曙の妖怪シリーズから、リーズナブルな立風のものまで幅広くそろえてますよ!
なんだかわからないけれど潜在的に、白い袋が怖くてたまらない、という男子は札幌店へ急げ! 呪いシリーズ次のは「呪いの盲猫」「呪いの蛇笛」です!
※この記事は2006年3月31日に掲載したものです。
(担当岩井)