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江波光則という作家(1)「ペイルライダー」

こんにちは、斧でございます。

まずはじめにお詫びと訂正をさせていただきたく。
前回のブログで映画「永い言い訳」の感想とあらすじをだらだらと書いておりましたが、そのときわたくし「主人公・幸夫がひょんなことから小学時代の同級生の子供の面倒をみることになった」というふうに書いてしまいましたがごめんそれ全然違ってた。全然同級生じゃないし物語開始時点では子供たちの父親の陽一くんとは初対面だった。なんだか冒頭の会話とごっちゃにしていたらしい。申し訳ありませんでした。

そして今回もハーモニーの感想は間に合わなかったよ...なんか途中からアニメ版の愚痴をひたすら書きなぐってるだけになって書き直すことにしたよ...そんな切なさと悲しみが入り交じる今日この頃皆さんはいかがお過ごしだろうか。

僕はやっぱり映画を観ているのですよ。最近観たのだと「メッセージ」がとても大好き。SF作家テッド・チャンの短編「あなたの人生の物語」を、「灼熱の魂」「ボーダーライン」「プリズナーズ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した今作は僕のツボにまた上手いことかっちりハマって凄く!凄くいい!!
ヴィルヌーヴ監督といえばなんともいえない強烈な後味を残す映画を撮るお人で、特に「灼熱の魂」は双子の姉弟が母親の遺言に従ってそれぞれ自分たちの父親と兄を探しにいくお話なんだけれども、そもそも父親も兄もいないはずなのに母ちゃんは一体何言ってんだべ、と釈然としないまま母親の故郷に行ったりしてみたらなんと母親は現地の反政府組織でテロリストだったとか、そういう話がごろごろでてきて...という話で、なんというかまあ、凄まじい話なんだこれが。

その点「メッセージ」は原作が原作なのでそういう後味とかには特に心配することなく観れたのだけれど、「それ」の宇宙船がいきなり姿を現して何をするでもなくただ空中に浮かんでいる黙示録的光景とか、主人公ルイーズと「それ」が初めて対面するときの禍々しさすら感じる見せ方とか「ボーダーライン」みたいな重低音が響いて不安感を煽る音楽とかがああヴィルヌーヴだなあと思った。つまり最高。反面、ファーストコンタクトものとして「それ」の言語を学んで徐々に解読していく過程が単純にわくわくできて楽しい。ルイーズの死んだ娘との思い出がフラッシュバックするシーンとか、そういうものを思い出させるせいで「それ」が最初は死神みたいに思えたのに、ラストではその印象がガラッと変わる構成もとても美しいと思った。なのでみんな観に行ってくれよな。そんなヴィルヌーブ監督の最新作は「ブレードランナー」の続編だああああああああああ!!!!あと「ガーディアンズオブギャラクシーvol.2」は前作の10倍泣いた。

とまあこんな感じで今回も映画の話をだらだらと書いて字数を稼いでみたよ。そんな僕なんかよりももっと映画好きのボンクラが大活躍するライトノベルを今回は紹介してみるよ。

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「ペイルライダー」(江波光則 著 ガガガ文庫 小学館)

なんとなくPENPALSのLonelyDaysを貼っておきますね。

主人公の享一は親の都合で転校を繰り返している。チビで天パでしかめっ面のデブで他人を気遣うこともない。そんなだから転校するたびにナメられていじめられる。でも本当は、そんな自分のルックスと性格を利用してわざと相手にそうされるように仕向ける。仕向けておいて、あることないこと吹き込んで、周囲の人間関係を完膚なきまでにぶちこわしていなくなる。そういうことが楽しくてやめられない、一般的なラノベ主人公像とは一線を画すクズ。

そんな享一だけれど、以前いた学校ではしくじって、逃げるようにまた転校するハメになったらしい。というのも、そこではすでに人間扱いされてないレベルでいじめられていた悠一郎というやつがいて、そいつに親しくするフリをしながら裏ではいじめがひどくなるように仕向けていたのだけれど、それに気付いた悠一郎が享一に対する示威行為としていじめの主犯格をガソリンで焼き殺しかけたから。


そういうわけで転入してきた三流高校の進学クラスは、一流大学への推薦枠をエサにして生徒間での密告を奨励してるという異常なもの。ポイント稼ぎのために優等生のフリをして誰も享一に興味を示さない中、金持ちの娘の鷹音だけはなぜかちょっかいをかけてくる。そんな状況のなかで、享一の周りでは次第に不穏な事態が起こり始める。

タイトルに①と書いてしまったけれど、今後もこの作家を取り扱うかはわからない。それでも好きな作家だし、伊藤計劃以外では唯一著作を全て読んでいる人(だと思ったらどっかの雑誌に載った仮面ライダーの短編をまだ読めていなかった)なので、多分その機会はあると思う。

江波光則といえばデビュー作「ストレンジボイス」、次作「パニッシュメント」と立て続けにえげつない(良い意味で)スクールカーストものを書いた人で、裏青春ものというか、そういうものを書いたらホントにおもしろい人だと思う。
でも最近は早川の「SFマガジン」でSF映画とかのレビューを書いたり、やはり早川から「我もまたアルカディアにあり」などSFものを続けて2本出したりしているので、SF作家としてやっていくつもりなのかもしれない。僕としてはまた泥臭い青春カーストものを書いてくれないかなあと思うところ。
彼の作品の文体はおおむね登場人物の一人称で、突き放したようなというか、異常にドライというか、とてもサバサバしている。というのも、基本的に登場キャラみんなが破滅願望持ちで、あとのことなんて考えずただやりたいことをやるというスタンスの奴ばっかりだからなのかなあと思う。少しばかり作者本人のことを心配してしまうというのは余計なお世話だろうか。なにはともあれ、後先考えず自分のやりたいことをやるが故に結果的に自分のことすらどうなっても構わないという風なキャラには妙な格好よさがあって魅力的。一種の美学も感じる。

「ペイルライダー」の享一も基本的にはそのようなキャラだけれど、少し違うのはその破滅願望が周囲の人間に向くというところ。そこが作中で自他共に認めるクズな所以なのだけれど、今回はその悪癖のせいで痛い目をみている。前にいた学校で悠一郎が人間にガソリンで火をつけて焼き殺しかけたときに自分に対して向けた視線と、人の焼ける匂いが忘れられずフラッシュバックする。そんな中で転校した先のおかしなクラスで、なぜか鷹音という女に付きまとわれることになる。享一が、鷹音の好きな映画の感想ブログの管理人だと知られてからは余計に。享一はクソ映画愛好家で、C級以下の映画を観ては感想をネットに投下しているらしい。無愛想なくせに語り出すと止まらなかったり、アニメ映画をボロクソにけなしたら拡散されて炎上したり、そういうところがあるせいでなんだか嫌いになれないキャラだと思う。というかかなり好きなんだけれど。余談だけれど享一のブログ「プロジェクトメイヘム」の元ネタが「ファイトクラブ」だということに数年ぶりに読み返して気付いた。

話を戻すと、そういう享一と鷹音の絶妙な距離感のやりとりがやっぱりちゃんと青春していて、ああ青春小説だなあとほっこりする。多分享一に好意をもっているっぽい鷹音と、そんな鷹音を気遣うつもりは全くないのに読者視点からみると結果的に鷹音を気遣うような行動をしてしまっている享一。いい。すごくいい。

鷹音は、享一に「革命を起こそう」と提案する。今みたいに密告が黙認されるようになる前の、ごく普通だったクラスに戻そうと。そのときのクラスは青春群像劇を観てるみたいで楽しかったと鷹音は言うけれど、そこで自分も群像劇に加わろうという発想はでてこない。あくまで客席から舞台の上を眺めて楽しむという立場。対する享一は、スイッチが入ると人間関係を完全に叩き潰すまで作動するような機械みたいな人間で、人の輪にはどうあがいても加われない。鷹音もきっと他人とずれていて、この2人は方向性は違えど似た者同士なんだと気付かされる。この「ペイルライダー」という作品には、人の輪に加われない人間の悲しみがずうっと根底にあって、それが悲しいし愛おしい部分だと思う。

結局「革命」は失敗して、鷹音が強姦されて入院してから、享一にスイッチが入って物語が加速度的に動き出す。江波光則節が炸裂して、凄惨な暴力描写がドライな文体で淡々と続く。

何が起きたか分からずにきょとんとしている男の顔面に、上から靴底を蹴り落とす。鼻のひしゃげる感覚が伝わってくる。
体重は俺の武器だ。なるべく体重のかかる方法で、鋭く、踵を落としてやる。
二、三度食らわせてやると、悲鳴が言葉にならなくなる。何がおきているのか全く理解できなくなる。俺は何の容赦もしない。首に巻いてあるこれまた太いネックレスを掴んで男の顔を引っ張り上げて、片手で、振り回すみたいに小便器に叩き付ける。アクセサリー好きは掴むところがたくさんあって、実に楽だ。
198ページ)

享一本人には全くそのつもりはないのに、鷹音の仇うちのように行動して、それでも黒幕に手が届かず、焦ったりいらついたりして無闇に相手を叩きのめしてそこにつけ込まれるというヘマをする。それでも止まらず、やっぱりどこかで鷹音のことを気にしている。この辺がノワールというかハードボイルドというか、鷹音に対して最低限の義理を果たそうとして行動する享一がひたすら格好よくもあり痛々しくもある。そんなこんなしてるうちに享一は過去=悠一郎と向き合うことになって、ほんのちょっとの救いがあって、一気に結末を迎える。

「許すってなんだよ、なんでてめえが許す方になってんだよ!」
「俺に詫びろってんなら、お前、余計なことしすぎだよ」(口絵の会話)

享一は絶対に自分を曲げないし、謝罪もしない。改心もしない。それがやっぱり魅力的だ。

基本的にどっちが悪いとかそういうのはなく、お互いにやり返しあってやり返せなくなった方の負け、というかそんな感じが潔くて良いと思う。享一と鷹音のやりとりに始まる一連のエピローグの爽やかさもやっぱりちゃんと青春してて、後味の悪さは特にない。たぶんこのあたりでは、読んだひとは大体享一も鷹音も好きになっているのではないだろうか。僕としては人間関係に対して不器用な(という言葉で片付けていいものかはわからない)2人のこれからを応援したい。

ひとまず「ローガン」が超観たい。

中野店 斧

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