始まりがいつだったかというと、00年代初めじゃなかったでしょうか。青年誌にホストや闇金など裏社会マンガが乗るようになったのは・・・。
もちろんそれ以前だって「ナニワ金融道」みたいなものがあったはあったのですが、それと00年代のホスト・闇金モノはちょっと毛色が違うと思います。「夜王」みたいにファンタジー色が強いものはあるにせよ、多くは最終的に「ケツモチ」の話・・・ヤクザ業界の話になってしまうことが違うのです。
最終的にケツモチの抗争話になる、というのは「闇金ウシジマくん」「新宿スワン」のふたつがやっぱり影響元としてあるからでしょう。日常ではまったくそんなことはないのですが、なんだかんだいって日本人はヤクザが好きなんですな。だってヤングマガジンなんて、いまヤングキングとおなじくらいヤクザ出てくるよ。
で、そんな感じでスーサイダルな空気感と閉塞、殺伐とした闇社会マンガが00年代後半に乱立してったわけですが、今はさほどでもないですよね。一部のコンビニコミックが実話マッドマックス化したこともあり(なぜかみんなサイズが正方形です)激しく闇社会モノはそっちに需要が移ったというのもあるかもですが、雑誌連載では「あるマンガ」を最後に破滅的闇社会モノマンガって少なくなった気もします。
ではその「あるマンガ」って何なのか、というとこれです。
「カイタン」。2009年から10年にヤンマガで連載されたマンガですが、なんというか、連載で追ってた当初「なんか日本にはマトモな感覚の男って一人もいないのかもしれないな」「歌舞伎町の旧ビデオ村があったあたりとか、今行ったら拉致されて灰皿で殴られてもおかしくないぞ」などと誤解してしまうくらいに救いのないホストマンガだったのです。
ビミョーな絵の下手さ下限というか、このご時世にCGじゃなく手彩色で、しかもコピックの色ムラがめっちゃ目立つこのヤバすぎな表紙。なにかロクでもないショウがはじまる予感がヒシヒシとするでしょう!
「カイタン」とは、ホストにおける売掛金の回収担当で、略してカイタン、なのですが、まあホストにおぼれてツケで飲んでた若い子をキッチリとフーゾクに沈めたり、キッチリと追い込みかけたりする話なわけで、明るさのカケラもないことは確かです。
ですが、「ウシジマくん」であり「新宿スワン」ではダメな弱者が大量に出てくるにもかかわらず、救いがないわけではありません。金を貸す側借りる側、だます側に追い込みをかける側、皆がそれなりの立場でそれなりの倫理規範を抱えてるからこそ、どこかに歪んだ正しさを見出すことが出来るのです。
しかし「カイタン」はというと、主人公にも上役にも人気ホストにも敵方にもケツモチにも、誰一人として共感が出来ないし、倫理的にも心情的にも「アリ」なカンジがないのがすごいといえばすごいところ。闇社会モノで、登場人物誰一人に共感できず、しかもキャラが魅力的でないというのは「いやな世の中」だけで楽しくもなんともないですからね。この手のマンガにありがちな暴力も、ヤクザというよりも関東連合チックで、灰皿で殴る、ゴルフクラブで殴る、相手をボコボコにした挙句、そいつら同士でフェラさせてケータイで動画とるとか、なんか陰湿なカンジでヤクザっぽいダイナミズムがないのがイヤですね。
実際のところ関東連合の抗争の逸話・・・追い込んだ相手にホモ行為をさせて動画や写真を証拠として残す、は脅しの手段としてマンガ界にもネタが流用されたものです。が、正直ここまでいっちゃうと引きますね。アブグレイブでも同じコとやってアメリカ軍が非難されたっけ。
話ズレましたが、ホストマンガの多くは最終的に「金銭はボッタくるけれども、俺らは女性にほかにないオンリーワンの癒しを与えているんだ!」「のし上がるためなら女性を際限なく搾り取るようなことはしない!」などという矛盾を抱えて、かつ売上ナンバーワンをとるというムチャな展開が多かったのですが、本作におけるホストは誰一人として「なんでこんな男に指名を入れるんだろうね」としか思えない不快ホストばかりです。
そんなダメなマンガだった本作ですが、打ち切りが決まったあたりからの暴走振りはホストマンガ誌に残すべきアクセルガン踏みっぷりでした。作者である木崎拓史の「わかりました、じゃあやりたいようにやらせてもらいますわ!」感がすさまじかったですね。僕当時ヤンマガで追ってて、どうなるのかなとヒヤヒヤしてみてましたもん。
とにかく敵方のケツモチにいる暴力的な幹部・二岡があまりに破滅的過ぎてて、初登場時から光り輝いてましたね。主人公のホスト・仁サンがハコ代をATMに入金しようとしたときに現れたのが初登場時ですが
見るからにカタギではないというか、カタギではない中でもさらにぶっとんで関わりたくないムードですね。「純国産」て。
で、主人公がボーッとしてる間に入金すべき大金を盗まれてしまう! 主人公はいやだなーと思いつつも金返してくださいよ!と激するがスッと頭を寄せられ
ブチューっとディープキス。世のBL的展開に「現実なんてこんなもん」と目を伏せさせる汚らしい唾液交換ですね。で、カネなんて本質じゃねえよとばかりに
もうぜんぜん分からない。話をズラすにも方向性があると思うんですがね。このあと二岡は「カネより大切なもの、それは愛だ」とのたまり、「じゃあな青年! 唇ごちそーさま!またしよう」 と破天荒なことをいって仁サンのカネ盗ったまま去っていく。ボーゼンとする仁サン。
まあでも盗られた分は身銭切るなり売り掛け回収でしのぐしかねえ!と、カケを残したままの少女のマンションへ押しかけたら、少女を囲む大量のチンピラ。その中になぜかまた二岡がいるんです、これが! 世の中でもっとも二度会いたくないタイプのキチガイヤクザがまたも! 暗くなる仁サンだが、二岡のほうはというと・・・
ビビる仁サンに対し生殖器をわしづかみ。周囲のチンピラが威圧したりしてる中、もうすっかり萎える仁サンに、二岡の、男色家としての灯心にボッと火がつくのだった・・・
。
いやいや、これ「ボッと火がつく」なんてレベルじゃないでしょ! このセリフ! このダラッとしてながらも恐怖感しか沸いてこない姿勢と肢体! 4WDのロゴの入ったボクサーパンツ! 僕この号、ヤンマガで追ってて「わっ何これ」と声に出して驚いた記憶がありますが、実物でこんなん来たら逃げるのすら怖いレベルです。逃げて返って逆鱗に触れたらどうしよう!というくらいの。
でこのコマだけで、この作者、木崎拓史さんはそうとうにセンスあるな、と一発で分かる。マンガ読みならみんなすぐに分かる一コマだといえましょう。
で、ここから二岡が上役からゴルフクラブで殴られたりして窮地を逃れる仁サン。
話はしばらくホスト内部の話、ケツモチの抗争、仁サンに出来た部下が敵対ホストクラブで暴れて、捕まった挙句詫びのために男同士でフェラさせられて「カポル」という聞いたこともない擬音が登場するなど、やっぱり読者が望んでいた以上の荒み感というか、舞台ってさいたま市(大宮)だよね!? 大宮でコレなら歌舞伎町とか六本木ってどうなってるの!?と都内在住者ですら繁華街への懐疑心が生まれてしまうレベルの無法ぶりでした。大宮ホストもの、っていうのもそういや新しいですよね。
で話がそれてって、二岡も出てこないなあ、と思ってたらですね、ラストらへんに登場したんですよ。お、きたきた!ってムードで登場したんですが、その鉄砲玉っぷりにはア然とするしかない、実に強烈な散りっぷりでした!!
おそらくラスト5・6話前から、終るよ、打ち切りだから、っていう通達が作者さんに来たんだと思うんですよ。で、多くのマンガは、いろいろな伏線を残してる。ストーリーを引っ張っていくために。その伏線の回収と、今回は打ち切りになったけれど、次のオーダーがあるかもしれないし、自分の連載を読んだ他誌からもオーダーが入るかもしれないじゃないですか。そのためにもきちんと終らせて「イイカタチ」にして大団円にしたい。それがつぎにつながる「打ち切りのラスト」なわけですよ。
しかし作者木崎拓史さんは「やるだけやってやるよ!大きな花火を打ち上げたりますわ!」って猛ったのか昂ったのか、あまりにも破滅的なラストになってしまいました。その「大きな花火」の鉄砲玉に最適だったのが、この尋常じゃない逸脱した倫理観をもち、だれの話もきいてくれない暗黒の目の色をした男・二岡だったわけです。
自分の上役が破門された!軽視しやがって!と、大本の組長宅を襲撃。なんかコート羽織ってますけれども!?
その体には爆薬が、そして脅しではなくヤル気マンマンさがこの血走った目からも分かるというもの。
で、破門を取り下げろとかの要求、脅しではないと。じゃあ何をもってして爆薬まみれになるのか? 答えの前に、掛け声をどうぞ!!
は?なんですかこの意味不明の掛け声は・・・では答えをご覧下さい!!
そう、破門した大本のヤクザの親分をただ、犯しにだけきたのです! 男同士でフェラさせてケータイで動画を残すのも、惨めな姿をさらさせて屈服させ、有無をいわなくさせること。コレを突き詰めていくと「相手のもっともえらい人を捕まえてカマを掘る」のが最終手段となるのです!
「枯っれ木っに花をっ 咲っかせっましょー!!」の歌と共にズパンズパンとエイナルを責め、組長は神妙に受け止めるのみ・・・
「ケツ野郎だケツ野郎!!ヒャッハー」と喜び勇んで挿入、手には爆薬の着火スイッチ、そしていざ高まりが頂点に迎えたときに、「逝っくぜ!!」の掛け声と共に、
ドカーン!! 大自爆です!! 誰一人得しない大自爆!!
今でも覚えてるんですが、この「カイタン」、リアルタイムで読んでたとき僕、宇都宮へ出張時でしてね。
思うように仕事もすすまず鬱屈とした日々を送ってましたが、仕事が終った深夜の宇都宮市街というのはホント娯楽の少ない町で、コンビニで大量に漫画誌を買ってたんですよ。そんなときにこれです。
面白かった号は二度読むくらいは僕平気でやりますが、この号はあまりに驚いてしまって3回読んだんです。それなりにカイタンは読んでましたが、ヤンマガん中では9・10番目くらいの気になり方で、一回飛ばしててもべつにいいか位の位置だったんですが、今号であまりに度肝を抜かれて一気にファンになったくらいですもん。
この後数話が伏線回収で終りましたが、こっちのドカーンのインパクトでラストがどんなだったか覚えてないくらいです。いやほんとすごい。スゴイじゃなくてすごい。
で、連載終了して2年がたちますが、作者の木崎拓史さんはこんなド怪作をものにしたのにも関わらず、音沙汰なし。単行本全5巻のうち、容易に手に入るのは1・2巻だけ。とくに最終巻の5巻が異常に出現せず、マンガのデパートであるこのまんだらけでも、棚に出せている店舗がほとんどないという有様です。2010年の、講談社の本がですよ? いったい実売がいくつだったのか興味は尽きませんな。一番面白い5巻がこれだけ出現しないというのも皮肉なものです。最初の3巻くらいまでとか、正直そんなには面白くないですからね・・・。
多くのヤンキー系作家が、ヤングキングやゴラクで連載を得てたりする中(たとえば「中古車ガレージアーサー」のヒトや「破道の門」のヒトなんかは、僕の中で他誌で何を描こうとべつに興味は沸きません)、なぜ彼らよりも圧倒的なインパクトをのこした木崎拓史が残れなかったのか。この実話ナックルズ&マッドマックスなノリは正方形の裏社会コンビニマンガでは戦力になると思うんだけれどなあ。
でも、でもですよ。僕らマンガ好きが喜ぶようなこんなラストをぶっ放してしまったおかげで、この人の次回作の目が失われたのかもしれないんだと考えると、それはそれでどうしたらいいか分からない心境になるのも事実なんです。そして、このマンガを読んだが最後、「あっそーれ!」という掛け声をギャグでしか使えなくなる&誰かが使ってたらジジイがカマ掘られてるとこをつい想像してしまう、というのももの悲しい事実なのです!
中野店 岩井