岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第31回

豪腕・土山しげるとスーダラ感

僕らがふだん食べている料理はおおむねまっとうな作り方をされていると思います。
たとえばラーメンであれば、オープンキッチンであるがゆえに全工程がみてとれ、つくりあがる過程が逐一見れるわけです。

また近年の料理対決番組や店再建番組の隆盛により、ラーメンコンサルタントだのフードプロデューサーだのフードスタイリストなどという、 たぶん両親に説明する時には難儀しそうなキテレツな職業の人が跋扈し、ブランド食材の名産地や調理法のうんちくを語りまくったおかげで、 いまぼくらは食べ物に関してムダに頭でっかちになっています。


(図1)
北方さんは格言好きです


(図2)
ただもまれるだけの役

だって若い頃は「学がない」「高卒」ってことを自嘲ネタにしてたとんねるずの石橋が、 深夜の料理番組や食わず嫌い王で、食べ物的教養に対して饒舌になってる状況。
僕あれはみぐるしいなと思うのですが、しかし多くの中年男女はアレに代表される食べ物への接し方をしていると感じます。

このあいだラーメン食いに行ったら隣の兄ちゃんが店主に「ペン貸してください」といったので妙だなあと思ったら、 なんか周囲を事細かに観察しながら小さな紙片に何か書き付けているではないですか。

たぶんラーメン店の評価サイトでもやってる趣味の人だと思うんですが、それみた店主はあからさまに態度違ってましたよ? 特に麺の湯きりが!
僕のラーメン作ったときにはもっとモッサリした動きだったのに。
湯きりだってあんなペシペシ音立ててやってなかったじゃないか。
なんかくやしいです。差別です。
僕も次から「ペン貸してください」って言おうかな…って、なんかメモること前提なら兄ちゃんソレ相手緊迫させるだけなんだからペンくらい持参しようよ。

でもよく考えてみたら、もうスープは出来ちゃってるわけだし、具の盛り込み方がおそい、とか丼を持つ手が震えていた、 などという評価も聞いたことがないので、スープは別にすれば、つくり方の評価点は麺のゆで加減と湯切りに偏るのも仕方がないのかもしれません。

ここで大事なのは「ラーメンは湯切りが肝要」ということを我々が様々な媒体で学習させられているということです。
麺の基本はまず湯きり、といった図式がなんか見えますね。

同じように、たとえば板前の「大根の桂剥きが出来るようにならないといっぱしの包丁は握れない」とか、 ウナギ職人の「裂き3年串5年焼き一生」みたいな修行の厳しさを思い出させます。

では以上のことを踏まえて、以下の食べ物と、その調理に対しての修行法を、・と・を線で結んでください。

おいしいハンバーグ 何十人もの力士をマッサージ
新しい駅弁の開発 ハングライダーに乗る
チャンポン店の再建 サーカス団で曲芸
おいしいお好み焼 植木等「スーダラ節」を熱唱
おいしい餃子作り ホテルのベルボーイになる
丼専門店の再建 ピンポンを一日中やる
オムライス作り ジョギング5キロ

たぶんいま一文一文読んだ人はどれをどれと結んでも破綻するか、少なくとも上手い料理ができることがない、と思うに違いありません。答えはこれです。

おいしいハンバーグ------------------何十人もの力士をマッサージ
新しい駅弁の開発------------------ハングライダーに乗る
チャンポン店の再建------------------サーカス団で曲芸
おいしいお好み焼------------------植木等「スーダラ節」を熱唱
おいしい餃子作り------------------ホテルのボーイになる
丼専門店の再建------------------ピンポンを一日中やる
オムライス作り------------------ジョギング5キロ


(図3)
そんな理不尽な


(図4)
別に相撲取りじゃなくても


(図6)
ていうかそれは筋トレで、料理修行じゃないよね


(図7)
植木等バンザイ、無責任バンザイ


(図8)
お好み焼きってムズカシイですね


(図10)
とても修行中に見えません


(図15)
食指をそそりません


(図16)
500円以下でも食わない


(図17)
支那そば感あるなー、食いてえ

そのままかよ!

うそつけ! なんでチャンポンとサーカス関係あんだ! とお怒りもごもっともですが、 土山しげるの名作「食キング」に提示されているこれらの特訓法を目の当たりにすれば、たとえ疑りぶかい貴兄でも納得せざるを得んはずです。
まあ見てやってください!

主人公・北方は有名料理店「五稜郭」の元コックで、つぶれそうな料理屋を再建することを請け負うプロフェッショナル(図1)。
請け負う業種も、立ち食いうどんからフランス料理までと範囲は超広い。タイトルにもあるようにまさにB級グルメ店復活請負人。
しかし北方の発案による修行法はどれも仰天ですが、最後なぜか納得させられるからふしぎです。

たとえばハンバーグの回。既製品のハンバーグでゴマかしていたダメ職人を相撲部屋に叩き込み、関取たちの身体を問答無用で揉め! と命じる(図2)。
もちろん職人はイヤがるが「質問は一切許さん!」(図3)。

何で力士マッサージ?の謎は、堅い筋肉に覆われた力士の体が柔らかくなるまでもむことによって、 大量のひき肉の扱い方がうまくなるんだ、大量のひき肉を揉むのには筋肉も使う…との理屈です。

今思えば「俺たちひき肉の代用品かよ」と力士の人格を無視したゼイ肉偏重的扱いにビックリですが、 読んでいる間はそんなこと微塵も気になりませんし、当のダメ職人も感動して、そうか…このためだったのか!(図4)って納得してる。
ヘタしたら僕自身「明日はハンバーグだから誰かの肩でももみに行くか」くらい刷り込まれるほどです。まさに土山マジックです。


(図5)
餃子修行でホテルのボーイ?

上手い餃子にはホテルのボーイ、に至ってはすごい腕力でねじふせにかかってきます。
ホテルのボーイで重い荷物を、階段使って運ぶ(図5)。

→体力がつく→餃子はまず皮から、突き詰めればよい粉と水→上手い水は山頂にある→山頂から水をくむにはボーイで培った体力がものをいう(図6)…という論調です。

別にボーイじゃなくても体力つける方法はあるんじゃないかとか、いくら上手い皮のためとはいえ、山頂に水をくみに行くのはあまりに採算が悪いんじゃとか、 そういうのは読んでいる最中はまったく疑問にあがりません。
土山マジックは冴えに冴えています。すごい腕力です。

最大の謎、お好み焼を焼くにはスーダラ節を熱唱(図7・8)、は特に反論の余地なしの完璧さです。
この謎を解明するにはスーダラ節が2分48秒、というキーワードが必要です。
なぜスーダラ節? それは…

・お好み焼は片面焼くのに3分なので一曲歌うとピッタリ
・スーダラ節を唄うとそのスーダラ感で、体から余計な力が抜ける(図9)
・リズムに乗せながら焼き加減を身体で覚えるのだ(図10)

(図9)
スーダラ感!


(図11)
そして伝説へ


(図12)


(図13)


(図14)

とズバ抜けて狂った主張で、しまいにはなぜかお好み焼の名前を「スーダラ焼き」にしたらお客さんすげえくるようになってバカ売れ(図11)、なんて話なんですが、 さすがにこれはまっとうな人間の発想ではありません。

別に3分の歌はべつにあるだろとか、そもそもキッチンタイマーがあれば唄わなくてもいいんじゃないかとか、 スーダラ焼きなんて危なげな料理名で売れるとは考えられんとか、 逆に「♪ア・ソレ スイスイスーダララッタ♪」などと店主が歌いながら焼いてたらそりゃ誰も近寄れないんじゃねーかなどという疑問は全く湧いてこない。

もう大納得。
なんという豪腕。
まさに本編は土山マジックの真骨頂でしょう。

おそらく僕のつたない要約ではこのすごらしさは全く伝わらないと思うのでぜひ詠んで欲しいと思う所存です。
7巻以降は店舗再建よりも、北方のいた料亭・五稜郭の内部抗争話になってしまうので、しごきテイストを味わいたいのならば6巻までがベストでしょうか。

ちなみに土山しげる先生はゴラク中心にここ数年は食べ物のマンガをたくさん描いていますが(いまは早食い大食いマンガを描いてます)、 どれもこれもムダな食へのうんちくが必要以上に語られないせいか、肩肘張らずに読めます。

読んでいるうちになんだかいつのまにやら草の根運動や市民運動やら抗議行動への参加を呼びかけられている重苦しい昨今の「美味しんぼ」に比べれば、こ難しいコト考えずに楽しめて、娯楽に徹している職人芸を感じさせます。

余談ですが土山しげるマンガのもうひとつの特徴は「男の人がよく泣く」部分。
厳しいシゴキに耐えてつい、ホロリ、という渋いのじゃなく、もう号涙、ジャブジャブ泣いてます(図12・13・14)。

まあでもそのシゴキって、関取マッサージだったりハングライダーで空飛んだりなんだけどね!

そういえばラーメンで思い出したのですが、ラーメン専門の知識が異常に詰め込まれていて、登場人物が毎回ラーメンの話しかしない「ラーメン発見伝」。

ためになる知識がすごいたくさんあり、斬新なラーメンも登場するにもかかわらず、肝心のラーメン描写が激ヘタ。
あーもうぜんぜんまずそうです(図15・16)。
ちっとも美味しそうにみえません。

それに比べて土山先生のこのナイスなラーメン表現(図17)。美味しそう!
エッジなラーメンなんてどうでもいいから、僕だったら土山ラーメンを選びますね。

「食キング」は本店2にて取り扱いをしています。マジックを体験したい人はどうぞ。

※この記事は2005年6月11日に掲載したものです。
(担当 岩井)

お問い合わせ (営業時間:12:00〜20:00)

まんだらけ中野店(詳しい店舗地図はこちら)
〒164-0001 東京都中野区中野5-52-15
TEL:03-3228-0007 / e-mail:nakano@mandarake.co.jp