岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第34回

中川さんの悲哀


(図1)


(図2)


(図6)


(図7)


(図8)


(図10)


(図11)


(図12)


(図13)


(図14)


(図16)


(図18)


(図19)


(図20)


(図21)


(図23)


(図24)


(図22)


(図3)


(図4)

どんな会社でもそうだろうと思うんですが、両方の言い分がわかる、という立場が一番辛かったりします。

現場で実際に汗を流している若い社員たちの苦労ももちろんわかるし、経営側の数字を求める姿勢や内情も理解できる。

でも、その経営側の指示と、現場サイドの意見を、そのまま直接スルーさせたまま伝えるわけにもいかない。

だけれども、現場から突き上げも、上層部からの叱責も、常に直接来る立場。それが中間管理職です。

中間管理職の悲哀、ってよく使われますよね。
再三話題にしてきた「美味しんぼ」の世界では、じゃあ誰が中間管理職なんでしょうか。

山岡&栗田が勤務する東西新聞社では、ワンマンの大原社主の下、それに追従する局長、 物分りのいい谷村部長、そして何の役にも立たず、部下思いでもない副部長(図1)といい、 上司からも部下からもガッツリ攻められ、立場で苦労している人、って実はいなかったりします。

本来ならば富井副部長なのでしょうが、この人酔っ払ってはこんなことをするし(図2)、 舞い上がってはこんな傲慢なこともいうし(図3)、管理職どころかお前人間として失格だよ(図4)ってカンジで、そういう人じゃないんですよね。

(図5)

ですが雄山サイドの美食倶楽部には、そもそもトップがこんなことをいきなし言い放つ(図5)超弩級のワンマンなわけで、 あいだに立つ人はさぞかし苦労するだろうなあ、とつい同情。

なにしろ

「馬鹿どもに車を与えるなっ!!」

などと素晴らしい発言をごくサラリと言い放つ主人ですからね。
こんな人に仕えるのは並大抵の苦労ではないはずですよ?

ですが、そんなありえなくね? 的な爆弾発言を、
「ははっ!!」
とふつうに、ありえます、ハイ、とオッケーだしてる左の人。
彼こそが美味しんぼ世界で最もワリを食っている男こと、中川さんです。

中川さんはどういう人なのかというと、実はすごい人なのです。
  • 「美食倶楽部」の調理主任、つまり花板
  • 美食倶楽部ではたらく板前たちの目利きや教育係
  • 海原雄山の秘書、付き人
美食倶楽部、というのは金に糸目をつけず、一流の厳選された食材を、雄山の目利きした器でふるまう、超高級会員制の料亭。
大新聞社の社主である金持ちの大原社主でさえ、会員になるのに何年も待たされたくらいの、まあ間違いなく日本一の料亭なわけです。

そこの調理主任、つまり板長ですから、日本の板前のトップ数人に入る腕を持っているのです。
しかもあの小うるさい雄山が、93巻にいたる美味しんぼで、一度足りとも中川が作った料理に小言を言ったことがないのです。

自分の息子にすら「クソ虫!」と言い放つ雄山が(図6)、中川のことは認めているのですよ?

また、初期には若手で才能のある板前を抜擢するために雄山にお目通しを願っているし、雄山が旅行に行く時には必ずお供しているし、 雄山も現場のことで何か不備があったり訊きたいことがあるとまずは「中川っ!!」(図7)と叫ぶくらい、中川は頼りにされているのです。

ですが、百年に一人の天才にして大芸術家、海原雄山との日常は、その気性の激しさについていくのがやっと。
中川が雄山のもとで働き始めてからおそらく20年程度だと思うのですが、一時たりとも心休まらなかったのではないでしょうか。

中川は雄山の実の息子、山岡と雄山が仲たがいしていることに本気で心痛し、 山岡を「若!」「士郎さま!」と呼びかけるほどですが、主人・雄山も山岡も、とんでもないガンコ者。お互いの間はこじれまくっています。

でもね、当事者同士はお互いを憎いとおもって闘志を燃やしたり、言い合ったりできるからまだいい。
間に立たされた人間は一番態度に困りますよ。
図8と9を見てください。

雄山の乗った車が、たまたま山岡の前で急ブレーキ。あわてて飛び出す中川。
自分の乗っていた車が、もし愛する若を引き飛ばしたりしたら・・・と何事もなくホッとする中川ですが、雄山はこうですよ。

(図9)

「野良犬の一匹や二匹、ひき殺したからといっていちいち私の車をとめるなっ!!」
ええーーーっ!! 士郎さま野良犬かよ!(中川、こころの悲鳴)

もうそのあとは、雄山にも山岡にもなんと言っていいのか、どんな顔すればいいのか、困り果ててドモる(図10)。
板ばさみほど辛いものはないね。

その辛さは名編「ハンバーガーの要素」でも如実に現れています。
自分の配下の板前が、こともあろうにハンバーガー屋を始めたい、といって、雄山の元から去る刃目に。

なんとか遺留するように山岡に相談する中川。
だがそれを雄山にみつかり雄山激怒(図11)。
もう次のコマでは


(図15)

「余計なことをしよって!! こんな与太者と・・・」
「は、はっ!!」(図12)

ええーーーっ!! 与太者を指差し確認かよ!(中川 こころの悲鳴)

で、例によって立ち去る時もアワアワ(図13)。

後日、中川は山岡の助言を得て作り直したハンバーガーを、 雄山に食べてもらうために昼食に出すのですが・・・すぐに察した雄山は「中川!!」とねめつける(図14)が、 頭を下げ、俺の意を汲んでください!と無言で訴える中川、カッコイイ!!(図15)。
そして、「うーぬ・・・」といいつつも、折れる雄山(図16)。

(図17)

やったよオレ、先生に勝ったよ!!(中川 こころの悲鳴)

と喜ぶも(図17)、一瞬にして例の如く

「見ろ!! 手が汚れてしまった!! 」
「も、申し訳ありません!!」(図18)

と、ケチャップが手についたじゃねーか!と自分の食べ方のブキッちょさを無視して、なぜか中川が叱られるハメに。
理不尽極まりないのに、抗弁できない。
ここで中川が
「ケチャップはさすがにオレのせいじゃないっすよ」
っていえたら世界は変わると思うんですが。

そもそもなんでオレ、部下がハンバーガー作りたいって無茶いったおかげで、 こんなメにばっかあわなきゃならんわけ?それってどうよ?(中川 こころの悲鳴)・・・でも絶対にいえない。
まさに板ばさみ。中間管理職って辛いニャー。

しかし中川って、日本一の料亭の板長なのに、ホントかわいそうなんですよ。
住んでるのは下町のちっちゃな家だし、奥さんはご存知チヨという猛妻で、 尻にしかれているし(図19)、ヒドいときにはチヨまで精神科あつかいになりかけるし(図20)。
ついでにいえばご面相もカッコいくなくて、ムダにアゴ長くてごついし(図21)。もうあんまりです。

そんなふうに、いつも雄山には怒鳴られ、詰問され、部下の若い板前の不祥事には悩まされ、 上司と二代目は争いをやめず、家に帰っても犬小屋みたいな小さな家でしかも家の中には躁鬱病のように起伏の激しくて猛々しい妻がいるという、 ホントせつない酸っぱい思いばっかさせられてきた中川。

僕、美味しんぼん中では、かなり好きなキャラクターですよ。
京極さんと同じくらいスキです。
人間みんなが、山岡や雄山みたいになんにでも噛付いてるわけじゃないですからね。基本的にはみんなこれくらい小心なんですって。

まあ90巻を迎えたここ最近では、雄山も老けたせいでおとなしくなって、 雄山と中川が一緒に年越しを迎えるラブラブなシーンもあったり(図22)、融和してきた感じはしますなあ。

(図25)

まあ肝心の山岡は、っていうと、あいかわらずこんな毒舌家だし(図23)錯乱して社内で暴れるし(図24・25)。
ホント成長してないんだけれどね!!

じゃあ今回も、僕の大好きなこのコマをもって終わりたいとおもいます。みなさんご唱和お願いします。

(図26)

「このあらいを作ったのは誰だあっ!!」(図26)

あーあ。やっちゃったよ良三。
あとで叱られるのオレなんだけどな・・・(中川こころの悲鳴)。

次回「スピリッツに舞い降りたツンデレ天使 栗田ゆう子」をお楽しみに!

※この記事は2005年10月31日に掲載したものです。

(担当岩井)

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