悲しげな女が踊る/2

人はなんのためにマンガを描くのでしょうか。


それはもちろん功名心、表現で人を魅了したいといったものから、稼ぎたい、生活のため、気がついたら、などなどいろいろな理由が挙げられましょう。しかしマンガを掘っていくと、そういった名声や金銭や表現欲求といったいわば欲のためだけでは出てこない類の作品にぶち当たることもしばしばあります。
カネのために割り切ったとも思えず、自身の表現欲を満たそうと書きなぐったわけでもなく、もちろん芸術的な評価をされるわけでもない、よく分からないテイストのものが。読者にとっても編集にとっても作者にとっても?でしかない、ほんとうに誰得なものが。

後々のことを考えたら、この作品かいて次の発注来るとは思えないよな。
これ読んだ人いい気分になって自分の名前覚えてくれるのかな?
まあ読者置いてきぼりかもしれないよな・・・

などと思いつつ、しかし描いてしまうのです。思ったが最後、描かざるを得ないのです。表現者とはそういうものなんでしょうね。

そういったものは、意外に作品数を多く残している大作家でも多く見られがちです。新人が誰得なものを書いても編集に叩きつけられて終わり次のチャンスがなくなるだけですから。描きたいものはあらかた書き、そして次の機会もまた相応に多く回ってくる作家ほど、迷作を残しやすいのかもしれません。

話変わりますが、いまデリヘルは2兆円産業なのだそうです。

ということは1日に55億円の金が使われているということになります。
一人の客が2万使うとして275000回。
さらに一人の嬢が1日に2回客取ったと仮定するとデリヘル嬢は14万人いる計算になります。それくらいいたら、そりゃデリ嬢を主人公にしたマンガがヤンジャンに載ってたっておかしくはないよね。

これはあくまで計算上なので、指名がバンバン入る子もいるかとおもえば、中にはお茶をひく子もいるでしょうし、チェンジされてばかりで客がつかない子もいるんだと思います。
だってね、14万人もいるんだもの。アイドル級の子もたくさんいるでしょうが、人はそれぞれ。顧客の発注と、カスタマーセンターからの技術ご提供に大幅な齟齬が生じているような案件も少なくはないんじゃないかと想像されます。

熟女ホテトルを愛用する東陽片岡先生は「熟女ホテトルに遊びにいくことは地雷原にピクニックに行くようなもの」と述べています。熟女と単なるババ、は限りなく近いからです。
しかしその地雷原を上手く渡ってイイ思いをしたことが一度でもある人は、なぜかもう一度危険を知りつつもおそるおそると足を運んでしまう。たとえ5回わたって4回地雷を踏む羽目になっても。

そういった地雷をたくさん処理した作家とそうでない作家では、作品のもつ深みは違うのではないかというのが、今回紹介する「ひとりぼっちのミチコ」を読んで感じたことですね。

大作家つのだ先生が
「女」を語ろうとするあまり、自らの体験した深みがドンドンあふれ出してきて「女」どころか「萎え」についての話になってしまいえらいことになっている有様をぜひご覧下さい。長いですよ!

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スカートの短い幼女と、故・峰岸徹のようなシブイ顔をしたババ、そこにつのだフォントで「ひとりぼっちのミチコ」。ババがミチコじゃないことだけはすぐに分かりますね。

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舞台は大阪、ミナミ。心斎橋のほうです。光あるところに闇がある・・・ミナミには日本橋や心斎橋、御堂筋もあるけれど、その近くにはドヤ街もあるのです。木造バラック、湿気とよどんだ空気の匂いが漂うガックリな舞台紹介。

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大阪であそぶなんてとんでもない! なにもかもあのキチガイ万博のせいやで!しょうもない・・・と嘆く声。歌舞伎町浄化作戦でビデオ村が消失しアジアンマフィアが跋扈するようになったり、オリンピック誘致のために六本木を浄化しようとしてかえって治安悪化したりといった例を思い出させますね。

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バラックの一室、化粧するババとミチコ。早く帰ってきてとせがむが、夜の仕事やさかいなと念押しする。2本指でつまむように口紅を塗り一張羅に身を包む。生活臭しかしません。

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うちの父ちゃんどこいったん?と無邪気に聞くミチコ。あんなんはわてら捨ててどっかいったわ!とののしるババ。稼ぎもせんくせに・・・と悪し様に。そう、子連れのババには稼ぐというのは何よりも大変なんです。それが今から分かりますよ!。

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場所は変わってタクシーにて、東京から来たサラリーマンが「いまから泊まるところ探すくらいなら女の子はどうでっか!」と誘惑される。泊まりで1万円ポッキリや、しかも3発もできまっせ! と70年代当時にしても安い金額のような気がするナ・・・と思うのもつかのま、アレ? なんで母子家庭のあとに買春示唆話が出るの? とチラと不穏なことを思う。夜の仕事、まさかね。。。

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ハイ、思ったとおりです、ババヘルス嬢でした! 稼ぐンだ! 胸の谷間を強調して、似合わない若い服を着、リアルエスパー魔美みたいな髪型にしないといけないんだ、ああ・・・まだ始まって4ページなのに疲れが指先にまで押し寄せてきますね。

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「わての股倉貸して1万円もとって、わてらの取り分3千円かえ!」最もな言い分ですが「トシ考えろ」「明るいところで仕事できるのか」などというあまりにミもフタもないやり取り。そして最後のコマで疲れきったババの顔。一応ですが、この先には幻想とかロマンとか愛とか希望は一切でて来ません! そういうのを求めてうっかりこのブログに来てしまったのであれば、大きな間違いです。ババの現実しか描かれませんから!

搾取される弱い立場が描かれた後は、さらに搾取される立場。つまりカネを払う側の悲劇です。

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「ええ子でっしゃろ・・・21やで」。

かつて「サバは読んでも1割、30だったら27までが限界」という女性のリアルな年齢のサバ読み術を「OL進化論」にて「サバいちの法則」と読んでましたが、サバを5割も読むのは既にサバどころじゃなく、大きく出世魚化しているといいたいです! 大きさ的にマグロ読みくらいです。
先ほどのコマに「闇から闇へ」という比喩が出てきたと思うのですが、これがヤミです! 夜だからって、こんなババが21になんかなるわけがない。サラリーマンの沈んだ表情がここぞというほど続くのです。風俗っていくまではともかく、いったあとはいかなきゃよかったナ・・・の後悔の嵐ですが、こんなにその心境を上手く表現できているマンガはありません。タクシーのドアを閉めた瞬間に負けが決まった。ここまでコールド負けだと棄権したほうがイイのですが、そこは払ったんならそりゃヤルヨ、という男のみじめな気持ちも含ませているのつのだ先生わかってますね。

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「チップ払ってえな」「一万だろ!」のやり取り、負け度合いがさらに強くなる。ケチといわれるのがなによりもイヤな東京人の性分を理解してますね。そしてこの顔!!

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萎え、しなび、ED、中折れ、インポ、単語で伝えようとすれば確かにいくらでも表現できるのですが、表情に勝るものはありません。トホホとかいってるうちはまだいい、本当にガッカリしたらただただ無言になるよねという頬コケさをうまく魅せてくれますね。

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暗い路地に入ると連れ込みが。悪態つく男、そして安さと無愛想が直結する女フロント。ここでも金がかかるけど、まあポッキリだしいいか、と思うのはまだ早い!

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まだカネ取るよ! やらせるまではなんだってやる!取れるだけ取る! さっきまでババが搾取される弱者に見えたのは大間違いだったことに気がつかされますね。
「チップ決めとかな」「5枚でどうや」。
関西弁の悪い使い方を理解しきってる用法です!

そしてこのブラジャー! 日本で萌えるブラジャーをかける絵師はあまたいますが、萎えるブラジャーが描ける人はほとんどいません! 

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最初に払った1万、運転手へのチップ千円、部屋代5千円に、さらにこのババに5千円。ここまでつっこんだら、フテ寝するなんてできるか! となるのが男のバカなところですね。なんか指先まで真っ暗になってきた気がするドヨンド具合です。つまり1万円の取り分は3千円でもかまへん、取れるところからトルヨ・・・という竹の子剥ぎモードです。何をするのにもオプションの金がかかるという。

それでもしぶる男に、ババはこういうんだよ。

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「別に出してくれたらサービスが違うがな」。

この口、この歯、この笑顔! この化粧!この目線! そして何もかもがどうでもよくなる下品極まりないセリフ! あらゆる場面で応用が利くセリフですが、それは「コイツとは一回こっきりで終わるから」といった目算がつく場合のみです! 

 で、さてやるヨ・・ちがうサービスってのをみせてもらおうじゃないの!と勇気を振り絞って挑むヤセ男だが・・・

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「刺青!」
前戯もクソもなくガバっと開かれた脚には刺青が・・・! 玄人臭に一気に萎えるヤセ男。追い討ちをかけるように・・・

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どんどんぶっちゃけていくババ。もう股倉まで開いたんや、何を隠すことあるかいな・・・てな開き直り。21って触れ込みなのに子供はいるわ5年前に亭主が逃げた話はするわ、不当表示にも程があります。

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そしてハイハイ、おしまいおしまい! 立たへんやないかい、もうパンツはいてええのんか? と店じまい。だれが立つか!! 全ての男性の拳が宙を突く様子が目に浮かぶようです。いやむしろ最後までよくがんばったヤセ男! と賞賛したいほどです。あとババのブラジャー、キカイダーに出てくるビジンダーのおっぱいみたいですね。

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「大阪も変わったよな・・・」と嘆くヤセ。「恨むんなら警察を恨めや」。解決にならないですね。こういう話聞くと、飛田新地はなくならないで欲しいです!

そんなこすっからい男女のカネと性欲の駆け引きが薄暗い連れ込みでされているときにも、ミチコはひとり・・・

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ジワリ、かわいそうミチコ! 
そうなんだよな、このババも苦労しつつもミチコのために懸命に働いてるんだよな・・・そうだ、社会が悪い政府が悪い! 急に尖鋒の向きを変えてうやむやな方向に攻めをむけようとしたとき、まさにそのときです。

「・・・ほんとうにかい?」 とつのだ先生がニタリと笑ったように感じたんですよ。

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「お父ちゃん連れてきたでえ!」
「えっ!」

しかしそこには・・・

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おとうちゃんとは似てもつかない見たこともないダボシャツのおっさんが! 何のことはない、「内縁の夫」と称する人物が家族に闖入してきただけの話なのでした! ミチコーミチコー!

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「こんなん違う!」「父ちゃんちゃう!」泣きわめくミチコ。しかし泣き叫ぼうがわめこうが、ババの下ッ腹にほのかにただよう、くすんだ女の性のゲンジツの前にはかなわない、と打ちのめさせる一コマをさあどうそ!!


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この目、この額タテ線、この涙、この唇噛み! ウンザリします。ゲッソリします。体重減ったわ! 

かつてリリーフランキー氏は中年の女性の「いつまでも漂う女の性」を「好いたらしい」、と表現したことがありますが、このババを見ると好いたらしいというより憎たらしくなりますね!

家に一日中いて飲んでるだけの内縁の夫と称する男、がイヤでイヤでたまらないミチコ。そりゃそうだ・・・。男の機嫌を損ねたくないババはDVに。

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ここまでの展開で笑える個所がひとつもありません! 

現実逃避して、繁華街に出て「うちのお父ちゃんどこ・・・」とたずねてまわる。泣けます、泣けます、十倍泣けます! 
しかし思慮が足らないミチコは浮浪者に声をかけてしまう・・・

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え、浮浪者はいい、ひざまくらもいいけど、ちょ、ちょっと待って、なんで最後のコマ、暗くなってるの・・・?



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ギャーッ!!

そんなこととも知らずに内縁の夫とチチくりあうババ。そこに警察が「ミチコちゃん死んだで!」といいにきたときのババの顔がまたムカつく!

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読者の厭世気分を代弁して刑事は言うが、ババの反応がいちいちムカつく!

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「いわんといてーッ」。

なんだそのバンザイみたいな手は!!

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「うちのミチコを!」「犯人殺したる!」いきり立つババ。お前がオトコつれてきてDVすっからこんなことになるんだろうが! そして警察につれられて犯人がやってきた、が・・・

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「あ、あんたッ!!」「あ・・勢津子ォ おまえなんで?」

知り合いかえ!! どころか・・・


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って、親子かえ!! あーあー! もう聞きたくない、聞きたくありませーん!!

泣きじゃくるババ、狂乱する浮浪者・兼・ミチコの実父。

こんな真っ暗で毛ほどの先も希望がないマンガ、どうやってオチつけるんだ? 答えはひとつ!

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ハイ、留置場の中で実父は首を吊って死にました、と。・・・







 



べつにノンフィクションを描こうとしてるわけではなく、フィクションで「オレが女ってものを描いてみせるッ!」と意気込んだ結果、おそらく自身のボラレた経験が先走ったか、とんでもない結末にいってしまった「ひとりぼっちのミチコ」。これが「なんのためにマンガを描くのか」という問いからはみ出てしまっている作品です。カネのためでも芸術のためでもなく、描かざるを得ないから描いた作品。悪意に満ち満ちて描こうとして描いたんじゃなく、気がついたらこうなった、というのが正しいようにすら思えてきます。

まあ、よほどの人じゃないと「さあて、オレが女ってモノを描ききってみせるぜ」って思わないだろうってのもありますし、本ソデで「手塚治虫に「女シリーズは君の代表作といえるのではないか」といわれた、と自信満々に切り出したりしてきません。つのだ先生はトキワ荘時代は堅物でガンコものだったが、いざ遊びを覚えたら、メンバーきってのアソビ人になってしまった・・・とA先生も述懐していました。このアソビの経験、はたしかに作品世界に深みを与えていますが、深くなりすぎて穴に向かって懐中電灯を向けても底にまで光が届かない有様になっている。つのだ先生はそういう印象です。



よく考えてみると、死んだのはミチコと浮浪者で、肝心のババは悔やんで泣いてで終わってます。このババは3日後にはまた「なんやあおまえ!立たへんのんか!」とのたまってそうですよね。
そういった女の図太さを含めて「女を描く」とするならば、花沢健吾なみの女性嫌悪なんですが、それだけじゃないのが曲者なのです。海千山千、夜の女との駆け引きをやりつくし、酸いも甘いもしりつくしたつのだ先生じゃないと描けない世界、というのは間違いなくあると断言します。それがこの「女シリーズ」なのです。


あ、ちょっと待ってください、その地図記号の果樹園のマークみたいなボタン押す前に、聞いてください! 

「ひとりぼっちのミチコ」は、確かに陰惨で救いがまったくない話ではありますが、「悲しげな女が踊る」の中では、まだマトモな話なんです! 陰惨グルーヴはないけれど、アタマがちょっとアーレーな雰囲気の女性がまだまだ登場するのが、この本のすごいところなのです! 次回「玲子の歩いた道」をお楽しみに!

 





拙著「マンガけもの道」でも「悲しげな女が踊る」取り上げてます! まだまだ全国書店にて絶賛販売中ですから、ぜひ買ってください!

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