板垣恵介先生によると、ほぼすべての男は最強を目ざし、かつ、あきらめてきた歴史を経ているものだという説があります。
しかし、ほぼ全ての男が、より強いものより自分よりも上のオーラをまとっているものを目の前にして、自らが最強になることをあきらめるというわけです。
それが幼稚園の頃、小学生の頃であることがほとんどでしょうが、中高生である程度ケンカや格闘技をやって周囲に一目置かれてはいても、こんどはメディアにより上のクラスの猛者を知ると、自分が最強などとは言えなくなります。
しかしそれでも自分が最強であることを周囲に常に認めさせ、最強をあきらめないものも一握りいる。それが「バキ」における範馬勇次郎であり、「餓狼伝」における松尾象山なんでしょうね。
「体重65キロまでの立ち技で史上最強」などと限定しているのではなく、「場所はどこでも、男と男がぶつかり合って最後に立ち上がってるのがオレかオマエか」のぶっとい理屈で最強。これが背景にあるから板垣先生のマンガは強さのインフレをある程度回避しつつ(愚地克己以外)、読まずにはいられない魅力に満ちているんだと思うのです。
そんなようにケンカをしたことがある、それが日常的であるの如何に関わらず「強いかどうか」はある種の男にとって重要事項だったりするのですが、男同士だと、ケンカするしないはともかくとして、ツッパってる中学生くらいだと「お互いが別方向から歩いてきて、どっちが道を譲るか」でモメたりします。中にはわざと肩をいからせてぶつかってきたりもします。社会人同士だとこんなことでぶつかったりモメたりはしませんが、そういうことで面目を保つことが大事な時期もあるわけです。
ところがこれは当然、男と男だからケンカに発展するだけで、男と女が道でぶつかったら、どうなるのか。
70年代少年少女マンガでは「トーストかじった女子が「ちこくちこく!」と走ってきて、転校生男子とぶつかる」「ケンカの強い転校生が、女子委員長キャラにぶつかって服装などを注意される」などは恋愛フラグとして機能していましたが、そんなのは酸いも甘いも知り尽くした男から言わせればジャリのママゴト。甘っちょろくって見てられないという話になります。
なんていうのかな、今日はとびきりの女が来るから酒用意しとけ、と部下のチンピラに命じたら、氷結果汁やビンに入った炭酸入りのカクテルがテーブルの上においてあった、みたいな。
ここに出てくる「酸いも甘いも知り尽くした男」というのはもちろんつのだじろう先生ですが、つのだ先生の理屈で言うと、男女が一本道でぶつかったら、即挿入。挿入以外の事は起こりません。起こらないのです。
それも、出会ってナンパしてアポとってメールしてメシくってカラオケして後日やっと挿入、ではなく、出合って即・挿入です。
そんなバカな! おれたち毎日のように一本道で向かいから来る女と出会ってるけど、一回だって挿入に至ったことないよ! そう思うのもごもっとも。僕だっていま、中野駅からブロードウェイに至るまでの5分間に百人以上の女性とすれ違ってますが、挿入どころか目すら合わせてはもらえません。
しかしそれは、われわれの男の格でありオーラが足りていないのではないかという結論にならざるを得ない実例を見せましょう。最高レベルの男と最高レベルの女が一本道でぶつかったら、それは挿入に至るのです。一読いただければ、われわれ氷結果汁や炭酸の入ったビン入カクテルでは最高の女(女力が高すぎて難解な思考の女性)は落とせない、ということがお分かりいただけると思います。
あーあ、始まっちゃいましたよ! 来ちゃいましたよシビれる表紙が!
黒バック、故・高橋悦史のように分厚い唇と精悍な顔立ち、そしていまいちどこ見ているんだか分からないし、どうも一筋縄でいかなさそう、「難解そうだなあ」という印象の半裸の女、そこにつのだフォントでバーンと「玲子の歩いた道」。下のにいちゃんが玲子でないことだけは分かりますね。それ以外はまだなにも分かりません。
舞台はキャバレー。レミ・マルタン(つのだ先生はレミ党です)を傾けつつ、余裕タップリに女を口説くこの男。夜シリーズ、女シリーズによく出てくるキャラですが、先生の分身的ナ存在で名前は「鹿目」といいます。
ショートカットの女性に、ボクシング見に行こうと誘うんですが、北島浩二という名前にひっかかった模様。北島浩二・・・?フェンスオブフディフェンスの・・・? それは北島健二です!
女にひっかかりがあるそぶりがあったので、そこですぐに「あああの人!」というのは子供のキャバ嬢。大人の女はこう、返してくるのです。こう返すのがプロというものです。
...?
最近耳も目も歳のせいかね、どうもおぼろげになったんだよね、もう一度いいかなぁ・・・。
さあ、難解なやりとりが始まりましたよ! ボクシングに誘ったのに帰ってきたことばは
「立ったままアレしたことある?」
つづく言葉も
「車道の真ん中を歩いてみたいと思ったことある?」
ですからね、さあこっからは全て先様に仕切られるままで会話が進んでいくほかないな、という覚悟がピンと場に漂うカンジです。この2文がどうつながるのかもわからない。しかし「立ったままアレ」の1コマ前のちょっとした間。このわずかな間で、鹿目に対する論法がシャシャキーンと組みたてられるのだから、この玲子という女は相当に頭の回転速い女ですね。
『ナニ言い出すんだ、このちょっとアレな女は』などと思っていても、「君は・・・あるのかい?」と穏やかに返すのが夜の闇を理解した男。待ってましたとばかりに生まれから語りだす玲子。素晴らしい間合い、素晴らしい演武だ!
「自分からはよけないの」。鼻っ柱は弱くはなさそうですね。しかし女だから男同士のように殴り合いには発展しない。じゃあ、男となら・・・と思った矢先に奴はやってきた!
ぶつかる玲子と浩二。そう、彼こそが冒頭にボクシングの話で出てきた北島浩二なのです。ボクシングをやっているくらいだから、ほとんどの男はおのずと避け気味にならざるをえないでしょう。が、女に対してもどかない退かない浩二。レディファーストくそくらえ、対する玲子もおっかない男相手に一歩も引かない。アレなやりとりですね。「ケンカはダメダメ」などと割って入る気にはこれっぽっちもなりません。
ところが一コマ過ぎると、なぜかどっちがどいたのか分からないまま、温和なムードに。まあね、ケンカは仲良くなる早道だといいますからね、そんなことだってあるだろさ。
しかしよく見ると玲子の服装が変わってますね。コマ飛びがないかを今本誌を見返したんですが、このコマは連続しているので、どけどかないのやり取りのあとに次にいつあうかを算段してたということになります。
「おいよけろよ!」
「いやよあなたがどいて!」
「じゃあ今度遊びにいこうぜ」
「わかったわ」
こうはならないと思うんですがねえ。誘うほうも誘うほうだがほいほい行く奴もどうかしてます。
でもね、この初めてのデートでのやり取りを見ていると
チャンピオン目指すことと結婚はほんとは別問題なんですが、ウムをいわせぬ直接的な口説き。
そして初めて結ばれる、んですが・・・ここがあまりにも難解です。
「彼がグングン押してきたのよね!
あたしも負けずに押し返した・・・
気がついたら
彼自身が わたしの中ヘ
入って来ていたのよね!
もちろんたったままよ!」
単語は単純なのに、何を言っているのか分からない文章というのがあります。そして名文でもないのにガン見せざるを得ない文章やコマというのは確かにあります。これがそうです。
ケンカしていたのに、いつの間にか無言で性交していた、ということはあるのはわかりますが、屋外で、立ったまま、気がついたら入ってきてたのよ、彼自身が!などということがあるのでしょうか。すごい処女喪失です。素晴らしい処女喪失です。過ぎすぎている処女喪失です!
下着の概念がどっかに行っているのもいい。僕はこんな経験したことないので本当にうらやましいです! 僕が女性だったらこういうスマートな感じで喪失したいものですね。
しかし初体験がこれでは、5回目くらいには浩二が天井から吊られてて乳首を洗濯バサミで挟まれてるところを玲子がスケッチする、くらいの変態プレイになってそうです。
ヤリ終わって気が大きくなった浩二は「オレは道の真ん中歩くためなら、権力だってもつさ!」「強くなればなんだって出来る、東京に出るんだ!」。不穏すぎる上京案ですね。公安関係者がバリバリ権力持ってたら、函館方面からの上京志願者は思想チェックの必要があると勘違いしそうです。
ボクサーとして大成するために上京する浩二と、家を飛び出して同棲に至る二人。若い二人が同棲すれば肉欲に抗えないのも当然といえば当然です、が・・・
生活のために働くのは仕方がないとして、肝心かなめのボクシングの練習もママならないほど消耗する浩二。おまえら性に没頭しすぎだよ! と思うのは凡人。そんな凡人はこうやって責めたてに来るよ。
「オレはオマエの左に期待してたのに、全然精彩がないじゃねえか!」「ボクシングに傾注するんならセックスしすぎるな」。プロ野球界で連綿と語られている「登板日前夜は消耗せんためにセックスなしやで」。「いや、接して漏らさずならやっても可だ!」のような下品なやり取りですね。プロは何事にも厳しいものです。古い格闘技の人って「禁欲の末に溜めに溜めた精子の力で下っ腹からパワーを出す」って発想すきですね。
しかしパンチ出すのもままならないとは、どんなハードジョブを繰り返しているのか。浩二がすごいというよりも海綿のようになにもかも吸い取る玲子がすごいよ。
云われたことが顔に出て、別れを察知する玲子。あたしと一緒にいると浩二のためにならないワ・・・身を退くわ・・・というきれいな話になるのかと思いきや、
あーあー君たち、君たちってこういうセンスの人だろ?
抱き合っちゃダメなんじゃないか!? 抱き合っちゃったら・・
結局やってしまいさらに消耗する、バカな二人。若いっていいねえ!というホメ言葉はよくよく考えるとホントは「若いって憎いよねえ」の略じゃないかと思うほどです。
こんな与太話をえんえんきかされる鹿目氏もカワイソウですが、まだ玲子のノロケは止まりそうにありません。
まだあたしエロ話つづけるわよね! という高らかな宣言。
セックスはしたい、別れたくない、ボクシングもやりたい・・・この三つを両立させるには「疲れないセックスをしよう」ということになるのですが、そぎおとしたセックスになりすぎており、かえって素晴らしさにあふれてしまっています!
やり方はこうです。
別に「疲れないため」にやるだけなんだから部屋でやればいいじゃないかとか、外でやることに意味があるのかとか、避妊はどうなっているのかとか、あまりある謎全てを打ち消す別の概念、これこそがワンダーというやつですね。
「ホテルでやればいいじゃないですか」
「君、そこにワンダーはあるのかね」
と返されたら負けです、はい。
結果同棲は解消、お互いがたまに会うだけの関係に・・・「セックスで消耗しすぎないために別居」ってスゴイな。
もうあうのをやめよう! 次にあうのは俺がチャンピオンになったときだ! お互いの道をまっすぐ歩くんだ! けなげに身を引く玲子。
しかし女一人がこの東京で暮らしていくのは容易じゃない。引越しのお金のために始めたホステスになったことを、浩二に対して引け目に思うようになってきた玲子。彼は彼のまっすぐな道のために何もかも(セックスです)犠牲にしているのに・・・。
玲子のべしゃりは基本語尾「・・・」で終わるのですが、「会いたい」連呼のときはちょっと怖いのでやめたほうがよいやもですね。
鬱々として歩行者天国をフラフラと歩いていると、向こうから見慣れた男が、やっぱり道のど真ん中をあるいてくるじゃあありませんか!私以外に、道のど真ん中をよけようともせずにブリブリ歩いてくる人なんてひとりしかいない!
そう、浩二です!
会いたかった会いたかった・・・と抱き合う二人ですが、
「どうしてもしたかった・・・」
「気の毒に・・・出来なかったんだな!」
「みんな見てるし・・・それはそうよ」。常識人である鹿目氏までオルグされてますがな。
会う会わないじゃなく、入れた入れれなかったの話なんですね。要約してしまえば愛とはこんなもんです、若いっていいね、憎いよね・・・。
でも、肉の陰茎は入ってないけど、精神的な陰茎は確かにあたしのエルドラドに迎え入れたわ!と悦に浸る玲子。やっかいな思想ですね。
この◎状のバック、新潟のテレビ局NSTの放送開始のサイケデリックアニメーションみたいで非常にしびれる効果です。僕生まれてから自分のバックにこんな◎効果が出たこと一度もない。若さとはなんてまぶしいものでしょうか!
鹿目氏に浩二とのあらましを全て話した玲子。じゃあ浩二が間違いなく勝つだろう明日の試合こそ、明日こそが玲子と浩二の新たなる門出じゃないか! もちろん試合には行くんだろう? さあ乾杯だ! と盛り上がる鹿目に対し 、どこ見てるんだか分からない暗~い目つきで「私はいかないわ」とポツリ。あとはダダダダっと。
ホステスになったことで自分の信じるまっすぐな道をズレた玲子。生活のためにカネのために。そしてそれを隠して生きてきた玲子。
まっすぐな道のためにすべてを犠牲にし、まっすぐな瞳のままで歩いてきた浩二に合わせる顔がない・・・そういう暗さが玲子を包み込んでいます。
会えばいいじゃんやればいいじゃんというのは氷結果汁を飲みながらする話です。それは「女性シリーズ」「少女シリーズ」ではあっても「おんなシリーズ」ではない。カタカナの「オンナシリーズ」ではあってもひらがなの「おんなシリーズ」ではないのです!
ソファーにどっかりと座ってレミ・マルタン(つのだ氏はレミ党です)を傾けながらする話は、やっぱり女性は自分が光と闇のどっちに属するのかって履歴が大事なのヨ、というションボリする話の持ってき方になっちゃうんです!
あと
ここですね。住所をお互いに知らせずに変えて「今回限りにしてくれないか」「新聞に俺の名前が出るからさ」。って。新聞には住所までは載らないんだから会いようないじゃんか! チャンピオンにならなかったら新聞にも名前でないじゃんか! これじゃ玲子捨ててるのと同じじゃないのか!? と勘ぐれないこともないのがつのだ先生の深いところです。それを察しての玲子の発言なのか? 分からないですね。
しかし答えがすんなり出るのはこどものマンガです。こっちは大人のマンガ、おんなシリーズですから。正しい答えがあるとは限らないってのは「ひとりぼっちのミチコ」でも学びましたよね。
始まりこそは「立位最強説」中盤は「セックスしすぎてパンチの手数が出ません」な話だったのに、いつの間にか「光の道を歩む男にはブレのある女性は向いてないワ」というラストに。1メートル近いマウスクロールで紹介しなくちゃなこの話をたった22ページでまとめてくるつのだ先生のすごすぎる腕力にはうなるほかありません。
読み終わるとほうれい線が2本くらい増えたような気にさせられる老けるマンガ「おんなシリーズ」。まだまだ日本には僕が知らないだけで素晴らしい女性がいるんだなって気にさせられるアレーな女性がまだまだ登場! 玲子、ババにまけず劣らず破天荒で野放図なおんながあと3人以上いるのがこの本の素晴らしいところです。
さて本題です! 「悲しげな女性が踊る」も紹介している「マンガけもの道」まだまだ絶賛発売中です! よろしくおねがいします!!
中野店 岩井