登場人物は以下の通り、主人公はシノブ(住所不定無職22歳女性)。
で、彼らは〝天狗〟。口から出入りするカラスが本体であり、長い年月を生き、「雲踏み」と呼ばれる方法で空中を闊歩し、賢く尊く、住所不定無職なので弁当のゴミをあさったりする。コンビニでバイトする人もいる。古物商を営んでたりもする。あと、カラスの姿のまま猫に襲われたりもする。かつて人々に畏れられた伝説の〝天狗〟であることを自覚したうえで、人間社会の片隅で息を潜めているのが現代の彼らなのです。
主人公シノブは、自称・師匠のもとで15年過ごしている見習い天狗。まだ口からカラスを出せない程度の能力。そんな彼らがちょっとしたきっかけで仲間を集め、徒党を組み、超常なる力を以て史実のごとき天狗の威厳を再興しようと試みるのがこの物語。
構造としてはジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』になんとなく似ているのですが、もっと哲学的かつ形而上的というか…その、そもそも存在と認識と名前とは何なのかという…説明し辛い部分へゆるっと踏み込んでいく話です。
ほんとに説明し辛いんで敢えてあっけらかんとしたシーンを貼りまくろうと思います。これみよがしに順不同。


一応注釈つけますね。左上、Z氏の首が転がってく場面。右上、師匠が天井から偵察する場面。左下、みんなでテングの恰好をして探し回る場面。右下、シノブが水を差す場面。なんかこう、シュールさと洒落っ気と気味わるさが瓶の底で入り混じるような雰囲気でしょう。ベタが多くて画面は暗いのに始終カラッ風が吹き抜けていて、軽妙な語り口なのも滋味に溢れてじつにスルメ。続いて特に深い意味はないけど「イイな!!」と思ったシーン。
上、雨の中の寺。単純にこの絵すごくないか?全部タテ線だぜ。
中、超好きな擬音「プュン」、寂れた民宿のテレビの音って…こんな感じだよねー…!!
下、天狗とカラスだけあって、けっこうパノラマ描写多し。粗い描画の割に実はスケール感の説得力が半端ではない。
では、少し内容いきましょうか。
シノブは小学校の入学式を抜け出して師匠に出会い、以来天狗をやっている日々です。なのに自分がいなくなったはずの実家には15年後も同じ名前の「しのぶ」がいる。そのニセの存在を作ったのが、しのぶと弟としのりの面倒を見る叔父・高間教授(画像下)。この人が弟子の天狗に泥人形を作らせ、その「しのぶ」を守ることを至上主義にしています。まずその愛し方の度が過ぎてて正直気持ち悪い。しかも天狗のシノブの方は師匠と一緒にいるもんだから、我に返って俯瞰してみると、齢四五十のおっさんがふたりして二十やそこらの女子を取り合ってるハナシなのかこれは?と思ってしまっても致し方あるまい。まぁ……実際そうだ。
んでこの天狗なのですが、いわば人を辞めてしまった人、社会との齟齬・違和感・もしくは執着のなさなどからふらりと道を外れてしまった人たちを指すのです(物理的にも精神的にも)。上の入学式の場面で、幼いシノブは先生のぎこちないことばと無邪気な視線にいたたまれなくなり逃げ出します。そうして街のどこかで吹き溜まって生き永らえたのが現代の天狗であり、彼らが昔のような尊厳を取り戻そうと組織した大日本天狗党は、その立ち位置から発せられた自己顕示欲みたいなものです。先の高間教授はシノブ達と敵対するのですが、「執着を失って天狗になった人々」と「間違った形で生に執着する人間」のコントラストと捉えるとまたなんとも名状しがたい感情が沸きます。
そして天狗党が仲間を増やし、超常的な力で人間社会を捻じ伏せようとする中、若天狗・比良井(ヒライ)のこのセリフがとてつもなくさびしい。
例えば昔むかし、ある村で「女の子が天狗にさらわれた」としよう。語りの上ではそうでも現実には天狗という人物は存在しないわけで、実際のその子は一人でいなくなった「行方不明者」。シノブもまた、小学校にあがる年に消息を絶った6歳の子供なのです。でもその〝いなくなってしまう〟瞬間に自分なりの意志が介在した者たちが天狗となり、お互いに自称し合うことで存在を保っていたというのがほんとのところでした。
しかし終盤にまさかの超展開、鳥とも人ともつかぬテングなる生き物が、実際に捕獲されてしまいます。
これね。やたらでかくて生足で…変な…何これ??もう…っていう。とにかく、伝説ではなく生物学上の生き物が見つかってしまったことで、彼らのアイデンティティは雲散霧消。実在しないからこそ名を借りて胸を張っていた「天狗」を返上せざるをえなくなり、じゃあ我々は誰なのだと。そのショックで自分を見失い、ただのカラスになってしまう仲間が続出します。
もうこれ以上はネタバレ過ぎるので伏せますよ。ええ。
最終的に、自分から道を外れた彼ら天狗が求めていたことは、ひょっとしたら〝誰かに名を呼ばれること〟だったのかもしれないなんて思ったらあまりにも切ない。シノブも他の仲間も、なんらかの方法で人間の日常に戻りかけるタイミングはあるのですが、本来あるべき姿でなくなっては帰る場所にも戻れないのです。
さっき核心を突いたコトを言った比良井が、公衆電話の受話器を置くこのコマ。そして電車を背景に白いカラスが飛ぶ場面。物悲しいではありませんか。これでも物語の本筋にあるドンチャン騒ぎにはまったく触れてないので、何をどうしてこのシーンになっていったのかはコミック読んでね。さて、ここまで連ねてきて「絵柄も話もちょっと…初見にはハードル高いかな…」とか感じたらいやあの大丈夫です、スクエニガンガン大好き高校生でもかなり普通に読めますし(実体験)、アドベンチャーよろしく列車の上で戦うシーンなんてのもあります。しかもかなり恰好良いという。
ラストに自分が一番好きなこの場面を貼って逃げます(ちなみにこれストーリー上の最後のセリフです。渋すぎる)。
ではまた。
(中野店/白石)
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