食わなきゃ死ぬけど食うのが死ぬほどしんどい

こんな覚えはないだろうか。

残業後に終電で帰宅し、くたくたの体と抱えた空きっ腹を満たせるのはラーメンチェーン店だけ。ぼんやりしたままメニュー表の上をすべる目線の先では、クーポン券の適用範囲について喧々諤々になっている新人店員と酔っ払い客。斜め前には氷の解けたウーロンハイを片手に、食べかけのからあげを見つめて動かない老人。煌々と灯る真っ白な蛍光灯と無闇に明るいBGMの下、うんざりしてお冷を煽ると、よくわからないかけらが底にたゆたっている。

***

飯物漫画の隆盛はいまだ健在であり、昨今は別潮流の異世界モノとの合わせ技によって、一味も二味も違う作品が世に出続けている。

だが、今一度確認しておくべきことがあるだろう。

飯はときに、地獄だ。

鬱ごはん/施川ユウキ/秋田書店(既刊2巻)

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主人公は22歳の鬱野たけし。

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就職浪人、彼女なし、友人ほぼなし、特に趣味もなくコンビニでバイトするか寝るかを繰り返す冴えない男だ。彼が「エネルギーを摂って生き延びるためにやむなく口に運ぶなんらかの食事」の風景および心象を、淡々と描写する漫画がこの鬱ごはんである。

鬱野のモノローグが大半を占めるなか、一つの異端として登場するのがこいつ。

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皮肉めいた状況説明や辛辣なツッコミを担当する、脳内のイマジナリーフレンド•黒猫。ニート一歩手前を低空飛行する鬱野と、この黒猫の掛け合いだけで作品は構成されています。

個人的にこれは、かなりの精度をもった「あるある」漫画だと言いたいです。

具体的には、数年前世に出て少し話題となった「トイレ飯」(グループ席が基本の大学の学食に一人で行くことが出来ず、やたらキレイなトイレの個室で昼飯を食べるぼっち学生の所業を指す)という単語を聞いて「へぇー、あれにはそんな名前があったんだな」と思うような位相にいる人にとっての「あるある」です。はい...私です。

そんな救いのかけらもない孤独のグルメに勤しむ人々に、独断と偏見で多大な共感を呼ぶであろう場面をいくつか選んだからみんな泣きながら読むといいよ。

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このドーナツ店は笑って読める程度ですが、巷にはもっと「店の仕組みにおいて当然理解されていることが前提となる暗黙のルール」があふれていてほんとにツラい。オーダーの手順とかメニューの選び方とか、極力分かりやすくされてるんだろうけど一見にはサッパリ分からんケースの多いこと。やっぱりサブウェイは未だにちょっと緊張するし、スタバは未開の地なのは私だけではないはずだ。しかも一番こわいのは、戸惑って店員に訊こうとして「......は?」みたいなリアクションをされる結末。逆に一拍間があった後やさしーくフォローされるのも内心(笑)ってなってんじゃないかって無闇に恥ずかしくなる。

たとえばこういった、脳内における無数の試行錯誤と自問自答が、この漫画の見どころなんです。

次にこれ。雨の日に入ったマックの階段で滑ってドリンクをこぼし、九死に一生の状況下で他人とすれ違う...という一部始終。

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ただでさえ馴れない精密機器(食品の載ったトレー)を持って狭い階段を上がっているというのに、前方から他人が来た時の無理ゲー感、いや絶望感。しかも上の鬱野はすでに敗北を喫している。手軽に食べられるはずのファストフードが、どんどんサドンデス状になっていく謎の感覚は今に始まったことではありません。

一番好きなのはこれ。

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席を選ぶ数秒における、この果てしない逡巡。

外食の際にどうしても他人を背景に落とし込めず、気を揉んで神経を張り巡らせてすり減るのはなぜか。それは三大欲求の大事な柱である食事において、外食という手段は常に他人という敵陣の中にあるようなものだからだ。

「誰も見てねーよ」

「気にし過ぎだろ」

そりゃあ、ツッコミはこの一言に尽きますけれども。

自意識過剰ならぬ他意識過剰ともいうべきか、ただただ要らぬMPを削っていく人間の気の小ささよ。

連載開始から1巻発売、そして2巻へと続く間に実に6年の日々が経過しており、リアルタイムで鬱野が年を取っているという設定がまたなんとも痛々しい。2巻の後半でアラサーになってるからね。

1巻の頃はなんだかんだで半々くらい自炊をしていた主人公ですが、2巻は外食の頻度が上がります。それと反比例する形で黒猫が登場しなくなってくるのも気になるところ。

そんな中、主人公が衝動的に一人旅に出た時のこの話は実に秀逸(ところどころ端折っています)。

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いったい何と闘っているんだこの男は。

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この哀愁。コンビニの店先でカップ麺というよくわからん憧れ?もさることながら、寒さに負けて逃げ込もうとした証明写真の機械にすら拒絶されるこの感じ。何やってんだろ俺...という自嘲さえ憚られるような一幕です。

こうして幾度となく繰り返される「食」を、どうしたって楽しめない彼の行く先はどこかというと...

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最初にここ読んだ時、あーやっぱりねってしっくりきたんです。

残念だけど、そうだよなと。

.........

なーんてね!!

これ、実は1巻のラストです。「どさっ」と落ちたのは主人公ではなく、餅。

なんじゃそりゃ!?と思った人はぜひ読んでください。とっておきの1巻ラストエピソード、なかなか面白いですよ。

最後に施川ユウキのあとがきによると、鬱野は底辺ながらも特に悩みや病気もなく、それなりに生きていけてる人だと表現されています。また飯に関するあれこれも、ある意味では若き日のネガティブな1ページに過ぎないとも。言い方を変えれば、鬱ごはんのストーリーはひたすら主人公の「オレ劇場」。まずくてもしんどくても飯に対して必ず何かしらのアクションを起こし続ける時点で、彼はそこそこ大丈夫なヤツなのだろうと。

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↑作中で唯一前向きなことを言った瞬間。

がんばれ鬱野。たぶん、世界のだいたいは君の味方だ(...と思う)。

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