命懸けの「僕っ娘」!POPで硬派な時代劇

お久しぶりです、お花見は会社の休憩中に無理矢理行ったのでなんら後悔していない中野店白石です。 今日は、街の書店にこの本が置いてあると私のその本屋への評価が急上昇し、「アイツはいいヤツだ」みたいに口走りそうになるこちらの作品をご紹介。 嘘つきは殿様のはじまり/福井あしび/小学館/全5巻  小学館公式  まんだらけ通販  a白石4月12日(1) ゲッサンに連載されていた作品で、つい先日4月12日に最終巻が出たばかり!このブログの締切も同日だったのですがギリギリまで待ってもらいました…。 まず、表紙にある通りのかわいい人懐っこい絵柄で a白石4月12日(2) 生首。 そして、一昔前のコロコロとかスクエニっぽさのある雰囲気かと思いきや a白石4月12日(3) a白石4月12日(4) この気迫。 それから、「まんがで学べる~」的な児童向け学習図書のような健全さで a白石4月12日(5) たまーにエロい。 それではあらすじ。 下町の長屋に暮らす幼馴染みの二人、チビで臆病者だけど優しい小太郎と、病の母のため懸命に働くおしんが主人公。子供ながらに「将来は夫婦に」なんて約束を交わします。 a白石4月12日(6-a) a白石4月12日(6-b) それが第一・二話で青天の霹靂、おしんが地元の大名・高条家の隠し子であったことから、突然跡取りとしてしょっぴかれます。おしんを連れて逃げようとした小太郎は一瞬気概を見せるもあっさり切りさばかれる始末。この高条家、正嗣断絶(せいしだんぜつ・跡取りがおらず潰れてしまう事)の瀬戸際で、女の子のおしんを無理矢理「高条氏直(たかじょう・うじなお)」という男の子の大名にし、殿様の座に据えようとするわけです。 まさに「大人の事情」に巻き込まれた二人。母の薬代のために性別を偽って当主を名乗ろうと決めたおしんは、小太郎だけでも逃がすために屋敷へ火を放ちます。 そして序盤の見せ場であるこのシーン。 a白石4月12日(7) a白石4月12日(8) ここでもう、作品としての掴みは完璧。 その後逃げたはずの小太郎が、おしん改め「高条氏直」を護るために小姓として城に舞い戻るところで第二話は終わり。ストーリーは主にこの氏直の嘘を守る小太郎の目線から、取り潰し寸前の大名家が政治戦略や陰謀、そして戦に翻弄されていく様を描きます。 でこの二人、特に小太郎がまーあよく泣くんですよ。 a白石4月12日(9) a白石4月12日(10) 怒ってても弱ってても嬉しくても涙。すぐ泣く。号泣。飄々とした屋敷の人々の中で、序盤のこの「弱さ」は一種の人間性のようにも感じられます。 そんな中で暗殺、裏切り、人斬り、殴る蹴るとヘビーな展開の続くこと続くこと。 なのにすごいなーと思ったのが、人死にも血しぶきもインフレしがちな舞台において、人物たちが振る刀、負う怪我、討ち取られる者それぞれに意味があるってことです。そしてそれは物理的にも精神的にも不可逆の傷になって、人の性格をも変えうるものとして描かれます。 特に印象的だったのは、小太郎が剣術指南を受けた神後師範が謀反人と分かり、その首を切る場面。 a白石4月12日(11) a白石4月12日(12) a白石4月12日(13) これ以降、小太郎の物腰や言葉遣いはがらっと武士らしくなっていくのです。 生首を見てパニックを起こす、斬り合いの恐怖に腰を抜かすという「普通の人としては当然」の領域から、少しずつ武士の世界に適応していきます。 刀の軌道、影、飛沫やなんかにすごく力が入っているのは、作者が以前ボクシング漫画(「マコトの王者」)を描いていた影響かもしれません。 あとはこの人、九島綱成(くしま・つななり)。 a白石4月12日(14) a白石4月12日(15) 高条家に仕える腕の立つ小姓頭で、小太郎の先輩的な立ち位置からだんだんと肩を並べていく人物。とにかく厳しくてべらぼうに強い。中盤の大怪我で隻腕になるも、その後の戦い方はより鬼気じみてきます。武士Lv.1から始まる小太郎との対比もあるんでしょう、最初から最後までめちゃくちゃ強くて全くぶれない人物。 a白石4月12日(16) a白石4月12日(17) ここはダントツでかっこいい。 そして個人的には、隻腕の描写を「腕を切り飛ばして失わせる」安直さを選ばず「動かない片腕を吊っている」姿にしたというのが、なんだか好印象だったんです。身体的な変化をアイコンにせず、あくまで人を描く漫画なんだなあと。一番の見せ場は最終戦の奇襲で、これまたすごくカッコイイので載せませーん!もったいないから!つか見開きで派手に立ち回る数でいえば、小太郎より圧倒的に多いんですよねこの人。一人ドリフターズ(平野耕太)みたいなシーンがしばしば登場します。そんな人とだんだん対等に渡り合えるようになり、背中を預ける小太郎もまたかっこいい。 …とまぁエンタメ的な演出は随所にあるものの、この作品における江戸時代は決してファンタジーではなくて、今と同じように人と人が作り営んでいたものという事実がじんわり伝わります。 物語は大阪冬の陣を中心にして構成されており、その前後に高条家にまつわる騒動や戦が描かれます。時間の経過はあまりハッキリとは描かれないんですが、当の小太郎とおしんは少ーしずつ成長していくんですよ。最初の1巻と5巻の表紙を見比べれば一目瞭然。 a白石4月12日(18) 2話。 a白石4月12日(19) 最終話。 最初の頃と比べるとホラ、顔つきが全然違う。途中からほんのり身長差が出てくるところもいい。読んでいて「あれっ」と気付く程度の穏やかさで変化していて、描写ほんと丁寧だなと思います。ちなみに中盤で「15歳」らしき会話があるので、13~16歳くらいの間のお話なのかなと思われます。 ここまで書いてサムライばっかでそりゃさぞかし男社会でしょうねと思いきや、実は女子も強い。 a白石4月12日(20) 冒頭で屋敷に連行される際、斬られた小太郎を抱えて自害を覚悟で啖呵を切るおしん。 そんな男装の大名になった彼女は勿論、弱虫だった小太郎に刀を選ばせたり沈黙を守るために腹を決める小太郎のオカンも強い。 a白石4月12日(21) 母、氏直(おしん)、そして後に高条氏直の嫁(!)として一族に加わる清姫(きよひめ)の3人が骨の髄まで武士の嫁・武家の女を貫いていて、とことん胆の据わったおなごであるがゆえ、話が立体的になるんですね。 清姫かわいいよ清姫。猫目おてんば娘まじ最高。 a白石4月12日(22) a白石4月12日(23) a白石4月12日(24) ちなみに徳川幕府の傘下にある高条家、その敵役になるのは真田側の軍勢です。 なかでも首謀者の真田大助、ショタのくせにこいつが超ムカつく。 a白石4月12日(25) 人騙すわ毒盛るわ銃使うわ爆弾投げるわ何でもアリ。気弱な小太郎や刀一筋の綱成とのコントラストもあり、敵対勢力の勝利への執着を体現している感じ。手段を選ばずとにかく卑怯かつ冷徹な姿勢は、幕府側が手を焼いた類稀なる強さになっています。しっかしコイツは最後までムカついた(褒めてる)。 そんなこんなで続く戦乱の最後、最終巻で小太郎がつく大きな嘘は、なんとも大胆で格好良いもの。一話から着々と描かれてきた「ほんとは女の子の氏直」をこう使ってくるか、と思ってうるっときます。 作者は日本の江戸初期の歴史、政治、勢力図、あらゆる戦乱、それからまず何より「人」やその逸話が好きなんだろうなーと思います。幕間に差し挟まれる教科書的な知識やオタクっぽさも含めて、漫画の舞台そのものへの真摯な愛情みたいなものが作品全体に滲んでいます。 そうやって考えると、主人公の二人がよく泣くのは、単純な弱さの描写ではなく「逃げずに真正面から戦う」姿なのかもなーなんて。思ったり。 ビジュアル面でもかなりキャラが立ってて愛着が湧いたし、設定も話も丁寧だったもんでなー、これで全5巻は惜しいなー。一応しっくりまとまっているので打ち切り感はないんですが、本音を言えばもっとのんびり読んでいたかったなーー。 知識を基にした屋敷での生活描写とか、綱成の弟の弁千代(※かわいい)の話とか、構図的には百合(※大事)になりかねん清姫とおしんの交流とか、作中でもなんだかんだイチャイチャしてる小太郎とおしんのこととか、各キャラの掘り下げでいろいろ気になるエピソードはもっとあったんですよ。商業じゃなくて番外編の同人誌でもいいから読みたいわ……。 史実の端々にのっとってifを作り上げた筋書きで、そこへ妄想やエンタメ性を盛り盛り。 その割に予想以上にしっかり地に足が着いていて、なかなか硬派な時代劇漫画でした。 a白石4月12日(26) 九島弁千代(※かわいい) *** 似た雰囲気の作品といえば サムライうさぎ/福島鉄平(集英社)  背すじをピン!と~鹿高競技ダンス部へようこそ~/横田卓馬(集英社)  まあどちらもまるっこいベース顔のちっこい仲良し男女二人が荒波に揉まれまくりながら真剣に頑張るって点に、問答無用で「がんばれー!!」と応援したくなるやつですね。 ついでに泣きながら戦うといえば きみのカケラ/高橋しん(小学館)  「笑えなくて泣くことしかできない」主人公イコロもちょうどこんな感じ、常に涙目で生き抜くキャラでした。 ちなみにこの作品の大元のモデルになったと思しき実在の当主・井伊直虎(いいなおとら)は、いま柴咲コウ主演で大河ドラマやってるアレですね。 みんなみんな、こっちの漫画の殿様女子(?)もカワイイよ!! 担当:白石

中野店 白石

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