どうもこんにちは。ここ数日で既に蚊に刺された中野店白石です。
今日は私が「あー」でも「へぇ」でも「おぉー」でもなく「……ぅおあ゛っ!!!」となった短編漫画を3つご紹介します。
①『さらば、やさしいゆうづる』 (有永イネ「さらば、やさしいゆうづる」/講談社・ITANコミックス)
2012年に出た有永イネの商業デビュー作。今回挙げるのはその表題作であるこちら。
登場人物はマキとナオの二人。
シングルマザーの母親が蒸発、祖母も早くに他界したマキは、色々なことを肉親に「教わってこれなかった」というコンプレックスを持つ大学生の女の子。ブラのホックはどう留めるとかティーバッグは何回使うとか、なんてことない日常の感覚や所作を、自分だけの手探りで学んでいくしかなかったという意識を持っています。ナオはそのお隣さんに住む七つ上の男性で、マキの母親が蒸発した直後に引っ越してきた人。今現在も気に掛けたり夕飯を作ったりと世話を焼いています。
大体こんな感じ
で、サラッとしたギャグにのせて二人の気兼ねない関係性が描かれます。んで、出てくるのが不思議な箱。
この「本当に欲しいものが入っている」という箱をマキが開けるとビー玉、ナオが開けると折り鶴が入っていて、その理由が少しずつ明かされていくのが物語の本筋です。思い出話を辿るような情景の明暗と、しとやかながら淡々とした語り口の併せ技でなんかもうすでに新人離れしているのですが、一番グッときたのはココ。
話はマキを中心に進むので、道化役のナオはなんやかやでマキを照射するのみのストーリーテラーとして機能していました。ですが最後の最後、このたった一言だけでふいにものすごく個性が滲みます。このラストシーンでカットアウト、改めてもう一度タイトルを見直して「……え ヤベ なにこれ…」と戦慄しました。デビュー作とは思えない構成力と演出に、読んだあと数日間は“チート”という単語が頭を駆け巡る事態に。
2012年当時は『地上はポケットの中の庭』の田中相も出てきたばかり。講談社の新創刊雑誌「ITAN」レーベルの、まさしく最初のワンパンがみぞおちにクリーンヒットした出来事だった訳です。というかこないだまでアニメやってた『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ)もこのITAN発の作品なので、その…こう…
柔軟で頭良い女性作家マジ恐えぇーーーー!!!
…っていうよく分かんない結論に至ったところで次いきましょうか。
②『ピノキオの♪と』(武富智「B SCENE 武富智短編集」/集英社ヤングジャンプコミックス)
知ってる人は知っている。海外の人もなぜかけっこう知っている。そう、武富智ですね。
ヒョロっとした愛嬌のある絵柄で、20~30歳前後の男女が織りなす群像劇、絶妙に泥臭いエロと青春と葛藤ならお手のもの。『キャラメラ』『この恋は実らない』『EVIL
HEART』等、過去作の入手難易度がさりげなく高い作家でもあります。ですがA5サイズの短編集「A SCENE」「B SCENE」「C SCENE」シリーズは本屋さんでも比較的よく見るところで、ちょっと読んでみたいという人にはオススメです。
今回は「B SCENE」より、初読でボロ泣きしたこちらをどうぞ。
あらすじは単純。偶然ケータイを拾った女の子(春美)が、それをある男の子(きよし)に届けるってだけです。
でもこの春美には言いたいことと言えないことと言わなきゃいけないことがあって、それらを飲み込んだまま、届け先のきよしと一緒に半日を過ごします。その最後、別れ際の2ページ。
このシーン…!!なびいたカーテンが男の子に掛かってるとこも、仕草も言葉も、もうホントに描写がスゴいんですよ…!!
敢えて内容には踏み込みませんが、これはとてつもない非日常の数時間を描いた話なんです。
なんてことない会話と表情に思いのゆらぎが見え隠れして、ドラマ性の高さは群を抜いています。
そして最も慄いたのはこれが19ページ、僅か20ページ足らずの作品だということ。
ちょっとその辺の漫画を手に取って、8~9ページだけめくってみてください。たとえば巻数もののストーリー漫画だと、大して話なんて進んでないはずです。そういう限られたスペースの中にある程度のセリフ、空気感、余白、大ゴマも使って起承転結をきっちり収めるのは至難の業。しかも窮屈さを感じさせずに“ごく普通に読ませる”ところはさすがにプロの力量というべき。
道満晴明のようなショート・ショートの手練れとはまた少し異なるニュアンスで、短編漫画の威力を思い知った一作です。
③『部屋』(ウィスット・ポンニミット「ヒーシーイット アクア」/ナナロク社)
最後はタイの漫画家ウィスット・ポンニミット(通称タムくん)の著作から。
高橋留美子とあだち充とうのせけんいちを足してトンカチで割ったような絵で、なんともいえないユルさとエグみを持っているのがこの作家。感情も表現も全部“素揚げ”の状態で出てきた短編集「ヒーシーイット」は、ギャグ・シリアス・ロマンスがいい感じに等分配された11編を収録。
この人、話は勿論なんですけど幕間のコラム(つぶやき?)みたいなのにやたら味があります。左→右の順に読んでね。
こういう衒ってない四方山話がちょいちょい差し挟まれる為、読んでるあいだよく分からん異国の風にも吹かれるハメに。
さて紹介したいのはその巻末、すでにあらゆる人が絶賛(帯にそう書いてある)したらしい『部屋』です。
セリフのない無音(無声)漫画で、一人の男の一生を部屋になぞらえていくストーリー。物が増える、模様替えをする、棚ができる、家族が増える…と時間の流れを定点カメラで捉えていくのはまぁよくある手法なんですが、すごいと思ったのは、そこから一歩引いてアングルがパノラマになるところ。住み暮らす部屋そのものも変わっていくんです。
で、ここからがヤバい。
身体という“部屋”を出たあとのラストスパート、最後の4ページは物も線もどんどん消えていきます。
この訥々とした表現は、何回読んでもうるっときてしまう。読むたびに現時点の自分がどのコマのどの時間にいるか、その体感覚が少しずつ変わってきているからこその感じ方がある気がします。
四角と絵だけで形作られる漫画の、シンプルな強さに直面する一本。
ちなみにこの『部屋』のあとがきはこちら。やっぱりユルい……。
***
どうでしょう?少しは気になるものがありましたか。
商業漫画というのはとかく一冊、一作品、もしくは一作家まるっとひとまとめで語られたり評価されることが多いものです。でもたまにはそうじゃなくて、1話、1ページみたいにもっと近寄ってミクロな視点でじっくり眺めるのも面白いですよ。
なんせ最小単位は1コマなんですから。
①有永イネの作品はコチラ
http://order.mandarake.co.jp/order/listPage/serchKeyWord?target=01&keyword=%E6%9C%89%E6%B0%B8%E3%82%A4%E3%83%8D&shop=55&soldOut=0&dispCount=48
②武富智の作品はコチラ
http://order.mandarake.co.jp/order/listPage/serchKeyWord?target=01&keyword=%E6%AD%A6%E5%AF%8C%E6%99%BA&shop=55&soldOut=0&dispCount=48
③ウィスット・ポンニミットの作品はコチラ
http://order.mandarake.co.jp/order/listPage/serchKeyWord?target=01&keyword=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88&shop=55&soldOut=0&dispCount=48
担当・白石
中野店 白石
1週間のアクセスランキング
カテゴリ
- お知らせ
- 中野店 (54)
- コンプレックス (8)
- 渋谷店 (12)
- サーラ (6)
- 池袋店
- 宇都宮店 (1)
- 札幌店 (9)
- 名古屋店 (12)
- うめだ店 (6)
- グランドカオス (8)
- 福岡店
- 小倉店
月別アーカイブ
- 2018年12月 (6)
- 2018年11月 (8)
- 2018年10月 (6)
- 2018年5月 (21)
- 2018年4月 (25)
- 2018年3月 (23)
- 2018年2月 (23)
- 2018年1月 (29)
- 2017年12月 (29)
- 2017年11月 (27)
- 2017年10月 (27)
- 2017年9月 (28)
- 2017年8月 (29)
- 2017年7月 (28)
- 2017年6月 (25)
- 2017年5月 (31)
- 2017年4月 (29)
- 2017年3月 (14)
- 2017年2月 (12)
- 2017年1月 (30)
- 2016年12月 (30)
- 2016年11月 (27)
- 2016年10月 (25)
- 2016年9月 (30)
- 2016年8月 (30)
- 2016年7月 (29)
- 2016年6月 (28)
- 2016年5月 (29)
- 2016年4月 (27)
- 2016年3月 (28)
- 2016年2月 (25)
- 2016年1月 (29)
- 2015年12月 (27)