いつか必ず出会ってほしい(切望)

昨年日本を賑わした漫画の名作で
舞台は広島・主人公はすず
といえば勿論
「この世界の片隅に」

......と思うやん?
実はもう一人いるんですよ。
今日はその人を紹介します。

『兎が二匹』山うた(新潮社)全2巻

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私の中では「表紙のただならぬ雰囲気につられて買っちゃった漫画」の一つであると同時に、「自分の嗅覚で手にした作品が大々的にメディアに出ると横取りされた気分になる」というひねくれ漫画オタクあるあるの経緯を辿ったものでもあります。
で、そんなくだらんタイムラグ作ってる場合じゃなかったってくらい面白かった。
内容に入ります。

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こちらの主人公・稲葉すずは、20代後半〜30代半ばの姿のままなぜか400年間生き続けている女性。住み込みで骨董品の修繕をしつつ、不老不死であることを隠してひっそりと暮らしています。
まずこの「なぜ死なないのか分からない」という、不老不死に対するマイナスなイメージが斬新でした。強い力を持つ魔女やなんかじゃなく、ただ単に「死に値する経験をしても無限に身体が回復し続けてしまう」という設定が、作品に大きな陰を落としています。気味悪がられる、離別が辛いなどの理由で周囲にかなりつっけんどんな態度を貫く彼女。かつ、半ば諦めながら試みるあらゆる自傷・自殺がすずの日常茶飯事。口癖は「死に損ないじゃあ」。


それに対して、底抜けに明るい恋人・サク(宇佐見咲朗)がこちら。
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この笑顔がねー、

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2巻の表紙でどうにも尋常じゃない雰囲気なんですよ。この絵が喉の小骨のようにずっと琴線に引っかかっていていました。

さて、どうしたって陰気なすずに反して、自然と周りに人が集まってくるタイプのコミュ力がカンストしているサク。彼の一途さとのんびりさ加減は作中でだいぶ救いになりますが、この人もこの人でかなりの訳アリ。その大元は暗く、生存戦略のための笑顔なのです。

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長い時間生きすぎて疲弊気味のすずと、そのすずをどうにかして大切にしたいサク。序盤は主にこの二視点で描かれます。webで公開された初出の読み切り版をブラッシュアップしたのが連載版の第1話で、2話以降は二人の出会いとすずの過去、そして行く末が語られるという構成。
この作品のすごいところは、「不老不死」を日常の延長線上にわだかまる「異質」として描き切る点にあります。
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こことかすごいなと思った。

ことあるごとに辛い過去を思い出し、そのたびに一瞬でも忘れようと自殺を試みるすず。相当なメンヘラっぽく見えますが、そりゃ訳も分からず400年も生きるハメになりゃフツーおかしくなるだろ...とファンタジー設定に懐疑的になったりもします。
また、その異質さをある意味で体現しているのが、すずの話す広島弁。彼女の人格形成に多大な影響を及ぼしたのが数十年前の「ヒロシマ」だと分かるのが1巻の終わりで、2巻はその過去編に入ります。

舞台は戦時中の広島へ。すずの親友として、骨董好きの跳ねっ返り娘・花が登場。
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この娘との青春めいたやりとりが描かれると同時に、よその戦火を噂話として交えながら、のんびり夏の日々を過ごす広島の情景が続きます。
そうなんだよなぁ......誰もその時が来るまで当事者になるなんて思わないんだよなぁ...。

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ここ。すごかった。
全編通して真っ黒な陰の表現に独特のセンスがあり、それによって強い光や静寂も感じさせる画面が特徴的な作品です。この原爆投下のシーンはその最たるもの。
こうの史代版のヒロシマが〝温和な女性の目を通して描かれる地獄〟であるなら、この作品におけるヒロシマは〝日常に降って湧いた凄まじい断絶〟。これを機にすずの精神的な時間は止まってしまい、死ねない彼女と周囲の世界が決定的に隔絶されることになります。そしてこの尋常ならざる体験を引きずったまま、現代に至ってサクと出会うわけです。

では!なかなかツラくなってきた所で気分を一変、素晴らしい噛ませ犬に登場してもらいましょう。
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こいつ。間戸(まど)。この吊り目である。
すずが不老不死であることを唯一見抜いている天才科学者で、研究対象と私情をごちゃまぜにして彼女を付け狙う、誇り高きストーカー兼マッドサイエンティストです。
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すず自身に「不老不死という謎の病の罹患者」という解釈を与える三次元的な視点の役割も担い、コイツがいることで後半の話がごっそり動いていきます。

でもまあ噛ませ犬なんでね!報われないですけどね!とかいって超おいしいとこ持ってく人なんですよね!そういうとこも含めてかなり好きですこの人。今まで読んできた漫画の中で、五本の指に入る狂言回しキャラとして登録されました(文部省調べ)。

いやしかしストーリーの肝心要を実は全く説明できてないんですよここまで語っておいて。
というのも第1話にあまりにも大きな展開があり、その後は時計を二度三度巻き戻すように物語が構成されているからです。姿形の変わらないすずを通して描かれる時間軸はかなり独特ですが、読んでてごっちゃにならないところも、作者の隠れた手腕なのでは。
とにかく、少しでも琴線に触れた人は実際に本を手に取って欲しいです。
恋愛漫画に終始せずヒューマンドラマにも寄り過ぎず、日常を描いているのにどこか地に足がつかない空気感を持っています。あまり目立つ作品ではないんですが、読んだ人は絶対あの結末について語りたくなるはず。
私は断然
あ れ は ハ ッ ピ ー エ ン ド だ か ら な !!!!!!!!!!
と信じたい系の人種です。

もうほんと...イラストの一枚でもいいから埋めてほしいこの心の空洞...。

あと個人的には最後のアメ缶のエピソードが無性に好きなので同意する人は挙手してください。
さて、私が未読のまま静観しているうちにこの「兎が二匹」は『このマンガがすごい!2017』9位にランクイン。いやいやもっと早くに読んで先にとっとと記事書いときゃよかったじゃん......こんなん後追いで超カッコ悪いじゃん.........!!

という恥を偲んで今回やっとの思いで書きましたブログ。
ちなみに作者の方は今、新潮社のwebコミックで新作「角の男」を描いてます。
雪に閉ざされた山深い土地を舞台にした中国系ファンタジーで、こちらもかなり面白いです。キャラデザに関して言えば「あっ...サクと間戸の造形がツボだったんだな」と一目で分かります。はい、私の性癖にもきっちり刺さっています。
1巻が5月に出るそうなので、気になる方はこちらもどうぞ。

最後に幸せそうな二人を貼って逃げます。

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漫画のキャラって分かってるけどほんと幸せになってほしいこの二人。

自分からは以上です。

(担当:白石)

中野店 白石

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