空の音はガー。

皆さんおはようございます。はじめまして。コミックスタッフの朝日と申します。
これからはこのスペースを借りて、私の大好きな漫画たちを雑談を交え紹介していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

さて。
私、キャラクターにハマる事って少ないんです。そもそも自分はあまりキャラクターに何かを移入させることが少ない性質なので、仕方ない事ではあるんですが...こういう場所(まんだらけ)で働いていると、右を見ればやれ今期はどのキャラクターがどうだの姦しく、左を向けば胸元にはアクリルキーホルダー(アクキって略すそうですよ)が誇らしげに光っているような景色に挟まれても中々オセロのように自分がひっくり返るわけではないという。
二次創作文化に憧れても、けっきょくキャラクター愛抜きには語れないものなんだろうなということで、どうにも手が出せない。ぐぬぬ...。と唸る悔しさみたいなものがこう、胸に、あります。昔から。うらやましいな!

それで、私にも胸に焼き付いてしまったようなキャラクターがどこか誰かいないのか...と脳内本棚を漁ったところ、なんとかいくつか該当しました。
その中でもとびきりのやつを今回ご紹介いたします。

『ラブロマ』

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単行本全5巻。旧装版と新装版あり。
2003年から2005年までアフタヌーンで連載されていた、とよ田みのる先生のデビュー作。
高校生活を通して「星野くん」と「根岸さん」のお付き合いを描いた恋愛漫画で、人が人と付き合う時にぶち当たる様々なことを、ひとつひとつ丁寧に描いている傑作なのです。

※今からこの漫画を紹介していくんですが、ちょっと好きが高じて書きすぎてしまいそうなので、もともと気になっていたり読む予定のある方は回れ右するか、薄目で読んで欲しいのです。もしくは『ラブロマ』読み終わってからこれを読んで頂いたほうがいいかもしれない※

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これが主人公「星野くん」。
とてもとても愛らしいのです。

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まず、星野くんは理屈屋で正論をふりまわし、他人の気持ちや要求は口に出してプレゼンされないと気が付かない系男子です。
次に、星野くんは誰に対しても基本的に敬語で礼儀正しいのですが、上記のように空気が読めないためだいぶ無礼系男子でもあります。
また、星野くんは他人との間で齟齬やすれ違いが生じた時には、とことんディベートしてお互いが納得して理解したい系男子であり。
そして星野くんは、感情表出が苦手なので(一見すると)感情の振り幅が小さく、理屈っぽさも邪魔してなかなか素直に感動できません。終始真顔で長弁舌をふるう系の男子です。
更に、星野くんはとにかく人の目をじっと見て話すタイプでもあります。というか、対象Aとコミュニケーションしているのだから対象Aの瞳以外にどこを見るというのですかとか言ってしまいそうな系の男子でもあります。人と話す時は眉間を見て話すといいそうですよ。
実は、星野くんは自分がまだちゃんと人間になっていないんじゃないかと苦悩しちゃっている系男子でもあって。
あと、星野くんは自転車に乗れません。
......
...

こんな星野くんが、あるがままに直情型な「根岸さん」というひとりの女の子と付き合いだすところから話が始まります。
高校生らしく、肝試しや旅行、テストに進路とさまざまな出来事を体験しながら。
恋人同士として、キスやヤキモチ、ケンカに理解を重ねながら、彼等なりのやり方で距離を縮めて行きます。
こうやって書き出すと刺激の少ない作品に見えるかも知れないんですが、いえいえこれが傑作なんです。

だって皆さん、自分の人生における友情や恋愛とかって、自分にとっては全てが一回きりで忘れられない出来事じゃないですか。
みんなの到達点や通過点は同じに見えても、道程や思想は全く多様であるし、多様でかまわない。
年表や履歴書に書いちゃうと平均化されたものに見えたとしても、そもそも一人として同じ人間はいないのだからして関係性もまた、全く個別の色をしたナニカである...なんて事は自明のことなんですが、ついこんなことを力説したくなっちゃって。『ラブロマ』を読むともういけない。

キャラクター達がちゃんと生きていて、キスの為のキスや、セックスの為のセックスでなく、独自の解答でそれらに到達するその過程を読めるのが、恋愛ものの醍醐味なんじゃないかと私は思っております。

「星野くん」と「根岸さん」というキャラクターが、高校生活と恋路の中で紡ぐ会話たち。

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ちょっと人形劇のようにも見える、独特のデフォルメが効いた絵柄も印象的です。幾ばくかのぎこちなさと、人間味のようなものが滲み出していて、決して流麗ではないのですがいい絵だな、上手い絵だなと感じます。

背景に関しても、作風としてトーンや斜線などの塗り表現はかなり控えめですが、最低限の線で風景の奥行きや季節の質感などが描かれていて、却って絵画的な叙情を強めています。背景まで全て、とよ田先生本人によるハンドメイドというのもポイントが高いです。

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ここでちょっと研究したいのが、この漫画に度々現れる「ガー」という擬音について。

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一話一話の導入や場面の切替時、風景の引きのショットの時、空に「ガー」という擬音がよく浮かんでいるのです。(ときどき、「ゴー」)

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(「ガー」を集めてみました。)
「ガー」って何さ?
ただの空白の埋め草?うーん。
飛行機の飛ぶ音?それとも遠くを走る車の残響?
それとも、もっと抽象的な、記憶の中の夏の入道雲や春のけぶった空からなんとなく聴こえてくるようなあの、「ガー」なの?
この表現ってすごくとよ田先生の発明だと思っています。この「ガー」の良さっていうのが、この作品を支えているんじゃないかとまで。
ちなみに、この「ガー」って、作中で雨が降ってる時には出ないですし、海辺だと波の音に、夏場はセミの声に代替されてしまう。
よって、この「ガー」が出てくるのは、本当に何もないぽっかりしたコマだけです。ぽっかりした空白に「ガー」が入って、空間の奥行きやら情感やらが生まれて、本当にもう高校の屋上からぼんやり空を眺めていろいろ考えていたあの時がよみがえるようだ。

ちなみにこの「ガー」、作中で39回登場しており、最終回のほぼ最後のコマにもあることからもその重要さが伺えます。
しかしこの「ガー」、物語後半になってくると鳴りを潜め、音のない空が多く描かれるようになります。「ガー」で埋めなくとも、静謐さを湛えた無言で、空間が満ちるようになります。

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また、同じく世界観を下支えする要素として見逃せないもうひとつがこれ。

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星野くんが根岸さんに初めて告白したシーン。
この漫画ちょっとイカれてる位、周りのみんながいちいち沸くんですよ。二人が教室にいる時にケンカしたり星野くんが突飛なことをしたりすると、みんな満面の笑顔で「わああああああ」ってなります。

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「主人公二人以外の外野が笑顔で盛り上がっているコマ」をざっと数えたら全5巻中70コマもありましたね。もうね、とにかく主人公たちがテキトーに祝福されているんです。何をやっても外野が無責任にドッと沸いてくれる。
正直言って星野君はそうとう偏屈に見えるし、今だったら「アスペ」なんて言われていじめられかねない性格をしていますが、この作品世界では「わああああああ」でOKなのだ。こんな幸福な教室ありますか?これを書いている私なんて高校生の頃教室の隅っこでくだらないことばかり考えながらニヤニヤしていましたよ。泣ける。

実はこの「わああああああ」も「ガー」と同じように、物語が進むにつれ登場頻度が少なくなっていきます。
思うに、主人公たち二人の結びつきが強まり、やがて教室を飛び出し独立して描かれるようになると、外野の盛り上がりも必要なくなっていったのかもしれないな、なんて思いました。

このカップルを見ていると、例えば今自分が持っている関係性の、いちばん初め頃の感覚を思い出すのです。
高校生の頃のあれやこれやがまるで原風景のように、形は違えど似たものとして描かれている。

あと、私には星野くんが他人のような気がしません。彼が、なんだか当時思っていたようなことを全部言ってくれたような気がしてちょっとしたマイヒーローだったんです。
この物語は高校生までで終わりですが、読んでいる我々の時間はどんどん進んでいきます。
星野君達はこの後長く付き合っていくうちに何を得ていくのかな。想像もつかないけれど、ひょっとしてこれかな?とか思う事が私にも今後あるのかな。あるといいと思います。

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(中野店:朝日)


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講談社 とよ田みのる「ラブロマ」こちらから。

中野店 朝日

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