これを書いている今、外は雷雨だ。それにしてもいやに潮気の強い嵐だ。部屋の中までぷうんと香る。
そういえば昼間乗ったTAXIの運転手はばかに魚じみた顔をしていたな。
バックミラーごしにぎょろりと睨めつけてきた、死んだ魚のような丸い瞳が脳裏に浮かぶ。
それよりも庭にある井戸が気になってしょうがない。そしてマンションの屋上にある貯水槽の中もなぜだか気にかかる。そういえば私には兄がいなかっただろうか。子供の時分、私たち兄弟は禁忌とされていた池で泳いだり、遥か遠い田んぼで踊る白い人影に見とれたりと遊んだ筈だが、一体兄はどこへいってしまったのだろうか。
あれ、夕食にしようと思ったら皿が一枚足りな…
雰囲気も出てきたので、今回は楳図かずお先生の恐怖漫画『赤んぼ少女』を、万が一知らないという人がいたらいけないのでご紹介します。
これは「UMEZZ PERFECTION」というシリーズで復刻されたものの書影。
初出は1967年、週刊少女フレンドにて。
*
紹介しますと今言いましたが、これはとてもおもしろい漫画なので、下手に内容を出して興を冷ましてはいけない。かわりにどのようにして私がこの作品と出会ったのかをお話しましょう。
いまから20年ほど前の話です。山村に住まう7つか8つの子供だった私は、大人の出払った昼間、誰もいない座敷にしょっちゅう入り浸っていました。そこには木でできた大きな書棚があり、むずかしい本や大人向けの漫画などがずらっと並んでいたのです。
当時、私はもっぱら漫画の方をむさぼるように読んでいたのですが、ある時本棚の最下段ににある目立たない引き出しを開けて見てみることを思いつきます。
建て付けが悪いのかギィギィと不気味な音を立てて開いたそこには、果たして『デビルマン』や『日野日出志』や『赤んぼ少女』など、小さな子供に読ませたくないから隔離されていたと思しき漫画がぎっしり詰まっていたのでした。
そのそれぞれをしっかり読んで、多様なトラウマを抱いた私でしたが、なかでも『赤んぼ少女』が与えてくれたそれは、語りきれぬものがあります。
読み終えた私はすぐさま本をしまいその場を去ったのですが、なにか忌まわしき感情がしばらく幼い私の心を占拠していました。恐ろしい物に触れてしまった、二度と読むまいとかたく決意したはずです。
しかし時間が経つにつれ、あの本がなんだか気になって気になって仕方がありません。あの忌まわしい『何か』は何だったのだろう?ほとぼりが覚めた頃に親の目をぬすみ、私はまたもや、そしてその後何度も『赤んぼ少女』を開いてしまうのでした。
*
ぼろぼろの服を着てみじめな生活を送ってきた可愛らしい少女が、瀟洒な屋敷に引き取られるところからお話は始まります。
気さくな両親に綺麗なお洋服、豪華な食事とはじめは喜んでいた少女ですが、徐々に不審さ・不穏さに気づき始めるのです。
この屋敷は、ある恐ろしい何かをかくしているのです。
そしてその「何か」がついに読者の前に姿を現します。
「赤んぼ少女」は、赤んぼうでありながら薄気味悪く、赤んぼうでありながら醜い存在。
「赤んぼ少女」はさまざまな手段で可愛らしい少女を追い詰めてゆきます。
やがて母は狂気の淵に身を沈め、父もまた計略によって再起不能に陥るのです。
一見すると穏やかに眠るただの赤子。しかし…
あっ!
…
あっ!
*
読み手へ、次から次へと押し寄せる恐怖のおおもとにあるのは「赤んぼ少女」の存在そのものなんです。
生命の象徴であり、未来を予感させ、ふくふくと柔らかく無垢で可愛い、言うなればこの世の「陽」そのものとも言える赤んぼうのイメージが見事に反転され、赤んぼうでありながら邪悪であるというキャラクター造形のインパクトたるや筆舌。
キリスト教徒の多くない日本において、神聖なものが穢されるショックを伝えようとしたときにこれ以上ない設定なのではないか?
洋風で綺麗な屋敷と、そこで起こる呪われた事件。可愛らしい主人公と、醜い「赤んぼ少女」。未来に満ち溢れた私と、赤んぼうのまま成長せずに屋敷に幽閉された私。綺麗なものと汚いものが混ぜあわさって生まれる凄みに満ち満ちた作品『赤んぼ少女』。おそらく幼い私が覚えた忌まわしさというのも、そういった部分に原因があるのではないかと思うのです…。
*
今回この記事を書くためにあらためて読み返していて「おやっ」と思ったのがこのページ。
メインで描写される小綺麗な屋敷とは対照的な、ドロドロでぐちゃぐちゃで邪悪インダストリアルなシーンなんですが、後の『14歳』のナマモノじみた廃物とか『漂流教室』の荒野などの要素がすでにここにあるような気がします。
(中野店・山田)
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