日常は続くったら続く『ドームチルドレン』

ごきげんよう。コミックスタッフの朝日と申します。
一度読んだ本を読み返すことなど滅多にない私ですが、ふとぽっかりと空いた時間寝っころがって部屋の景色なんかを眺めているような時、なんとなーく手に取ってしまうような作品を今日は紹介したいと思います。


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『ドームチルドレン』山崎風愛
単行本全3巻
2001年〜2003年少年ガンガン及びガンガンパワードに掲載
山崎風愛氏は、今のところこの作品のみ単行本化しています。
ちょうど「エニックスお家騒動」の収束から「鋼の錬金術師」が始まるまでの数年に渡って描かれた作品でもあります。

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ひらたく言っちゃうと核戦争後、シェルターで生き延びた数少ない人々がまた地球に一歩踏み出すまで-そして踏み出した一歩先を描いた、「ポストアポカリプス」ものです。
そういえば核による終末を描いた作品は枚挙に暇がなくって、たとえば絶望と静謐さに満ちた『渚にて』だとか、『北斗の拳』、『ナウシカ』なんかもそうだったような。または現実世界でもやれどこそこでナニが漏れただの、割と日常の板一枚下にある現代におけるわかり易い恐怖というかそういった題材でありますね。
そして、『ドームチルドレン』は、そういった恐怖や絶望が吹き荒れた終末から50年後を舞台にした漫画です。


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終末当時を知る者の多くが死に絶えて、その子供世代孫世代を中心としたお話。
核シェルター「ドーム」の支柱にはメーターがあって、外世界の放射線量が一定数値を下回ることで扉が開くようになっています。核戦争から半世紀が経ち、ようやく外にでられるぞという所から物語は始まります。

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核戦争ものとしてのこの作品のちょっと面白いところは、こういうテーマでよくあるようなネガティヴさを、登場人物たちが日常体験のひとつとして消化・昇華していること。
「途方もない出来事に巻き込まれ縛られましたレポ」ではなく、彼ら彼女らの人生の物語として、ともすれば日常物と言えちゃうような地に足のついた作品です。

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もひとつ面白いのは、登場人物がみな「ひとつがい、いち世代」になっている所です。
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1.「ドーム」を生み出した「カレン博士」と夭折したそのパートナー。
核戦争時代の当事者としての罪の意識に苛まれつつ、50年後の地球をひとめ見て死んでいく。

2.主人公の両親「ノゾム」と「ジェシカ」。幼い頃に「ドーム」に避難し、やがて子を成す。
主人公達若い世代を新天地へ送り出し、自らは「ドーム」に残り骨を埋める。

3.若夫婦「ケン」と「ユイ」。なにかと諍いの耐えない2人だが、「ドーム」の解放と期を同じくして妊娠〜出産を経験し成長していく。

4.好奇心旺盛な主人公「しんた」とその幼馴染み「ユーリ」。「ドーム」内では考古学者の真似事をして、地面を穴ぼこだらけにするわんぱく坊主だったが、外の世界と触れることで多くのことを学び取っていく。

これら各世代のつがいたちのエピソードが、「ドーム」という彼らのゆりがごを軸にして、丁寧に(または、断片的に)描かれます。各世代で為せなかった事は次世代に託して、少しずつ全体が未来へ歩んでいく。言葉にするとあたりまえでちょっと臭いんだけれど、違和感なく伝わってくるのもこの作品。
人類がもうほぼこの7人だけになっちゃったという舞台設定の為せるワザかと。

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特に主人公たちふたりは基本的に「ドーム」外のことを殆ど知らずに育っているので、彼等の目線で描かれる外の世界の何もかもが読んでいて新鮮で楽しいのです。
ただやらされるだけで嫌いだった「勉強」の本当の意味とか


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初めて触れる陽光に皮膚を焼かれつつ少しずつ体を慣らすこととか、四季のきびしさと暖かさを噛み締めること


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他の生き物の命を奪い自らが生きているのだという自覚


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そして新たなる出会いを求めての旅立ちと、旧世代との別離。

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科学考証的なことをあげつらえばツッコミ所は多々あるのですが(たとえば、意外と生物というのは強くって、ちょっと世界が滅びたくらいでは多少の奇形も構わず繁殖し続けるんで、放射能汚染で人の居なくなった地域などは却って自然が復活している事...だとか、全ての地形を無に帰すような爆弾ってどんなだ?...だとか、そもそも作中で言われている「地球が死んでしまった」という表現も、凄い人間主観だ...とか。)そういった細かい所よりなにより、種としてのヒトの持つ「優しさ」についてや、動物としてのヒトのもつたくましさみたいなものを描きたかったのだろう『ドームチルドレン』は、隠れた名作だと言えるでしょう。

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ちょっとすごいと思ったのがこのネーム


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「ボクたちがここに還れるには何十年もかかる つらくても苦しくてもキミは生きてその日を待つんだ」
「...生きてたらあたし地球(このこ)を助けられる?」
「もちろんボクたちの時代に出られるようになったらだけど」
「ならなかったら?」
「その時はキミの子どもにまかせればいいんじゃない?」
「そっか... だから生きるんだ」

*

また、この作品を語るのに欠かせないのが山崎風愛氏の絵柄の良さです。シンプルな絵なのですが、情感に富んでいます。表情の描き方が上手いのです。繊細さと粗雑さを併せ持つ、喩えるなら思春期の子供のような魅力があります。
氏の作品には他に単行本未収録の短編が幾つかあるのみで、今現在目立った活動はされていないようです。
もっと氏の作品を読みたい!と、なんとなーく10年以上思い続けておりますが、多分この先何年でもなんとなーくねっころがった時に思い出して、検索して、ちょっとがっかりしたりしつづけるのかなー、なんて、そんな気がしています。

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通販はこちら


(ちなみにこの作品、デジタルだと「マンガ図書館Z」で読むことが出来ます。)


(担当/朝日)

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