おカマ白書/山本英夫 1989~1991
オリジナル版全2巻(未完)
完全版全5巻
文庫版全3巻
(書影は文庫版のもの)
主人公、岡間進也(おかましんや)は恋愛にたいして空回りしがちな普通の大学生だが、ふとした拍子に女装させられた自身のあまりの可愛さにクラクラ来て、そのまま「キャサリン」としてオカマバー「モーリス」で働くことになる。
岡間とキャサリン
そこに、キャサリンそっくりの容姿をもつ「ミキ」が来店したことにより、物語は動き出す。なんと岡間はミキに一目惚れしてしまったのだ。「キャサリン」とミキちゃんは意気投合し、交流を深めていくことになるのだが、男・岡間とミキちゃんの距離感はなかなか縮まらず、数々のハプニングにも見舞われて…。
ミキちゃんとキャサリン
ミキちゃんと岡間
以上。大体のあらすじはこんな感じ。ラブコメディですが半分以上お下品なギャグマンガなんで、中々お話は進みません。主人公はおかまバー「モーリス」の濃い面々とワイワイやったり、かわいーキャサリンとして女子集団に潜り込んで肉欲を満たしたりと、大体そんなん。わりかし面白いです。
☆
しかしなんといってもキャサリンが可愛い!
その後の山本英夫作品とは毛色のちがう、軽薄でシンプルな線で描かれるキャラクターたちの表情豊かなこと。絵を見ているだけで楽しくなっちゃいます。
☆
ちょっと視点を変えてみると、このマンガの連載期はまさにバブル期ど真ん中。ということで、「金を持ってない男なんてクズ」だし、「車ならシビックとかプレリュードでなく最低アウディ」だし、「男の真実は尾崎」だし、「言葉少ななヤンエグ男に女子はイチコロ」であり、なおかつ「旅行と言えばスキー」で「スキーといえばナンパ」(以上本文より意訳抜粋)なんだけれども、しかしこれを書いてる私なんかはバブルの頃なんて生まれたかまだ両親の下腹部に半々に存在してるかどうかだったんで、ぜんぜん実感としてバブルとは?なんてわかんないです。
が、このマンガ、そのへんの時代的な価値観も、一歩引いてわりかしフラットにそしてテキトーに描かれているのですんなり飲み込めるところも良さなのかなーと思ったりします。
で、こういう価値観の中で岡間は毒されたりそれに違和感を覚えたりしながら真実の愛(岡間の好きなフレーズ)、ミキちゃんを手に入れんともがくわけです。
この後失われた20年がやってくるわけだぜ…
☆
ところで文頭の問いかけ、意味わかりましたか?
オカマの定義ってなんでしょうか。オカマっていつも男のケツを狙ってるおっかない化け物なんでしょうか。
お、ちょっとめんどくさい方向に話が進んできたぞとお思いの方もいるでしょうが、この『おカマ白書』の主題を語る上では避けて通れない話題なんですよ。
実はこの作品、文庫版巻末には「動くゲイとレズビアンの会」による解説文が挿入されています。その中で彼らは「本書においては(中略)男性同性愛者の姿は(中略)誇張され、過剰に性的な存在として描かれています。」「本書全体においては、男性同性愛者が異性装や性転換と混同され、混乱が見受けられます」などと述べています。
どうでしょう。めんどくさいでしょう。テレビのバラエティやお笑いやら、こんなギャグマンガにまで何かにつけてイチャモンをつけてくるめんどくさい権利団体っているよなー
そうお思いかもしれません。
この作品も連載当時そういった事情でオリジナルの単行本は3巻以降発売中止になってしまいましたし、文庫版にしたって見開きでどどんと解説文(というか意見表明文)が挿入されちゃってます。あーあー、あるあるめんどくさいねーと苦笑いしたそこのアナタ、これを読んでいるちょっとの間、そのめんどくささに参画していただきたい。
作中で岡間進也は真剣に悩みます。時に脂汗や涙をながしながら脳をよじって考えます。
「性別不詳のキャサリンとしてではなく、男・岡間進也として愛しのミキちゃんと近づくにはどうすればいいか」を。
そう悩みつつも、キャサリンでいることの心地よさでついつい男・岡間はおざなりになりがち。
この悩みは物語後半、キャサリンとミキちゃんの仲が深まり、レズビアンだと周りに思われても、一生一緒に居たいっとまでミキちゃんに言われたことにより臨界を迎えます。
ギャグのベールで覆い隠されていたものがどろりと溢れ出したのです。
で、その「隠されていたもの」と、ゲイ・レズビアン系権利団体が言いたいこと、はわりかし近いところあるんじゃないかと思うわけです。
☆
ここで余談ですが、『おカマ白書』はじめ、性のあわいを行き来する作品を読む上でちょっといいキーワードをふたつ。それは「性自認」と「性指向」です。
性自認とは、おおざっぱに言うと自分の性別を自分自身はどう捉えているかということ。
性指向とは、どの性別が恋愛対象かということ。
これは誰にも備わっているパラメーターで、みんなそのグラデーションの中のどこかに存在しており、一般的なイメージで語られるただの「男」や「女」というものは、実はまったく存在していないかもしれないのです。
例えばAさんは「肉体的には男性。性自認パラメーターも男性方向。性指向パラメーターつまり恋愛対象は女性より」。一般的に思い描かれる「男性」像と言えます。
例えばBさんは「肉体的には男性。性自認パラメーターも男性方向。性指向はどちらかといえば男性」これは「ゲイ」かな。
例えばCさんは「肉体的には女性。性自認も女性。性指向パラメーターは女性より」これは「レズビアン」と呼ばれるでしょう。
例えばDさんは「肉体的には女性。性自認は男性。性指向は女性」これはどうなるのか。いわゆる「性同一性障害」であり、肉体が女性であるだけで内実的には一般的に言われる「男性」に近しいと言えるでしょう。(最近は性同一性障害という単語は使われなくなる傾向にあり、「性別違和」と言
い直されつつあります)
例えばEさんは「肉体的には男性。性自認パラメーターは男女の中間。性指向パラメーターも中間」…これはバイセクシャルなのか?Eさんは完全に男性だと言えるでしょうか、それとも女性でしょうか。もしEさんの恋愛対象が男性であった場合、傍目からみるとゲイだけれども実情は違いますし
、恋愛対象が女性だったなら一般的な男性の恋愛のように見えてしまうでしょうが、やはり少しズレがあります。
以上、例をだーっと挙げましたが、この男女を両端に置いた二次元的パラメーターすらもおそらく限定的なものでしかなく、性自認や性指向そのものが希薄な人だって沢山いますし、現実にはもっと有機的な三次元マップのなかに我々は居るんじゃないでしょうか。
と、ここまで長い余談になりました。
そう、男が好きだからって、それと女装するかどうかは全く別のお話なのです。
主人公岡間進也に備わっている特性として、「異性装」というものがあります。この単語そのものは、異性の装いをする事が好き、程度の意味合いです。岡間は女装してキャサリンやってるからって男が好きな訳じゃないんだけれど、キャサリンがあまりにかわいいから周囲の男が放っておかないために、ドタバタなエロギャグ展開が生まれて来ます。
☆
バー「モーリス」の濃ゆい面々は、一般的な「オカマ」像に忠実に描かれています。すなわち男性の肉体を持ちながら過剰に女性的に装い、男性相手に恋愛する、というイメージそのままの。
そんな「モーリス」の面々と岡間(キャサリン)は同じ職場にいながらまったく別の位相にいることが、話が進むに連れて浮き彫りになって行きます。「モーリス」のオカマたちは男性性を隠せておらず(隠す気もない)、ある意味社会的な「オカマ」の役割の中にいますが、岡間(キャサリン)だけは性別不詳のなぞのかわいい物体として周囲に扱われます。男子たちには性的なまなざしを注がれ、女子からは安心できる話し相手として。
何よりミキちゃんからは個別性のある、楽しく頼もしい、自分そっくりの存在として愛されます。
☆
キャサリンであることを利用してあんなにいい目を見ていた岡間進也はしかし、物語後半にはキャサリンにそうとう苦しめられます。
男性としての岡間と女性であるミキちゃんの間に横たわる、キャサリン。
ミキちゃんにとって岡間進也とは、キャサリンの代替でしかないんじゃないか?
岡間進也にとって、愛しのミキちゃんそっくりな、好みの顔を持つキャサリンとは何か?
キャサリンがなんで可愛いかって、主人公岡間進也にとって理想の女の子をそのまま演じているからなんじゃないの?
「自分」って何者なのよ。あの子の事が好きなのか、あの子の事が好きな自分が好きなのか、大好きな自分そっくりのあの子だから好きなのか、どこかに自分の「好き」のイデアが存在して、それに似たものを好きになってるだけなの?自分が好きなナルシズムってことなの?なんなのよ。すっごく難しい。泣きたい。
そして、岡間とキャサリンとミキちゃん。三角関係な2人が行きついた場所は…。
描かれた作品単体だけでなく、それを取り巻く議論や社会状況をもまとめてその作品だとするならば、『おカマ白書』においてはまさしく周囲からの呼応があり反発や化学変化が生まれ、その結果、今日深みをもってこの世にあるのだと言えます。
我々は常識や世間体と恋している訳じゃありませんもんね。言うまでもないことだけど、こうやって面白おかしく提示してくれるとめっちゃテンション上がります。
これも言うまでもないことなんだけれど、僕たちは果てしないグラデーションの中で漂う木っ端のようだなーって、泣けました。そんなマンガです。
(中野店・朝日)
通販はこちらから。
中野店 朝日
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