夢見るは郷愁か、未来か・・・中山昌亮「ブラック・ジャック 青き未来」

 160127-BJ表紙 僕の親父は「ブラック・ジャック」嫌いなそうです。 僕の親父は所謂手塚治虫世代ともいえるマンガ世代な年齢で、札幌にあった実家には「鉄腕アトム」を筆頭に「W3」「火の鳥」「シュマリ」などの手塚治虫作品が多くありました。 意外に贅沢な舌をもっていたらしく一般には子供向けで手塚本人曰くおりこうさん的な漫画はあまり好みではなかったようで「マグマ大使」「ビッグX」といった作品は置いてありませんでした。 そんな中これがベスト、と教えてもらった「ノーマン」が自分のマンガ人生のドアを開けるきっかけになったわけなのですが、それはまた別のお話。 で、なぜか本棚には「ブラック・ジャック」、なかったわけです。 なんでかはよく分からないですが、恐らく「シュマリ」なんか本棚に入れて、学生ではガンダムに大はまりしてた父なので世代じゃないから、オタクじゃなくなったから、というわけではないのでしょう。 もしかしたら祖父が医師をやっていたのも関係があるのかもしれませんがそんなわけで自分の人生に「ブラック・ジャック」が登場するのは結構遅いタイミングでした。 自分としては手塚先生が一話完結で通している「ブラック・ジャック」は手塚作品の中でも珍しくも新しく、少々異端の作品といった印象でした。 個人的には連載最終回である「人生という名のSL」が一番好きで、それぞれ収録順番が変わっている版に四苦八苦して集めた覚えがあります。 一人、夢を見ているBJの姿は酷く寂しげであり、次々と夢の中に現れる登場人物達は連載漫画というものそれ自体の暗喩ということもあって非常に「ブラック・ジャック」らしい最終回でした。 というわけで今回ご紹介するのは秋田書店 中山昌亮「ブラック・ジャック 青き未来」です。 秋田書店の有する少年チャンピオンは「ブラック・ジャック」のリメイクや関連作品を頻繁に出しており、エログロ描写で有名な山本賢治の「ブラック・ジャック黒い医師」や「ブラック・ジャックNEO」など様々な作品が発表されました。 「ブラック・ジャック 青き未来」もそんな作品の一つです。 シナリオは「寄生獣」「ヒストリエ」で著名な岩明均、漫画は「不安の種」で著名な中山昌亮と、発表の際には大いに盛り上がりました。 が、実際に単行本になっている際にはシナリオ原作山石日月という岩と明を分けた形の変名になっています。 岩明先生的にはこの作品の出来には疑問があったようで、アフタヌーンのコメントにて作品の名前自体は出ていないものの、要約して 「テーマに則したものにならず共同作業の難しさを感じた」、 「先達の権威の下で主題を放棄した郷愁ばかりの残骸作」 と相当に辛辣なコメントを載せていました。 では、実際にどうなのかというとまず目に付くには作画中山先生の異様なまでの筆の冴えです。まず冒頭のシーンを見ていただきたいのですが、  160127-BJ1 この手塚絵から中山絵の変化とともに加齢していく描写は実に秀逸です。  160127-BJ13_convert_20160124192646.jpg  160127-BJ12_convert_20160124192548.jpg  ブログ追加 また物語の始まりである飛行機で目覚めも、最終回のひとつとして有名な「人生という名のSL」に繋がりを感じさせるところは非常に美しく、「ブラック・ジャック」が始まったことを認識させ作品の世界にどっぷり没入していきます。 それ以外にも中山絵で往年の手塚スターシステムの名俳優達が多く登場しており、レッド公、スカンク、丸首ブーンといった絵が劇画調で登場しストーリーを盛り上げます。 あえて華やかなで派手なランプ、ハムエッグ、ロックといったキャラクターでなく、渋い親父達を使っているのもニヤリとできるところ。  160127-BJ3  160127-BJ4  160127-BJ5 岩明先生自身も「絵そのものは上手く仕上がっていると思っている」とのコメントもあり、「不安の種」のホラー描写からは想像できなかった中山先生のペンと演出と手塚作品の意外な相性には驚かされます。  160127-BJ11_convert_20160124192524.jpg  BJ10_convert_20160124194327.jpg 肝心のストーリーは、年老いたブラック・ジャックはさすがの存在感といったところで変わらぬ減らず口と飄々とした態度ながら忍び寄る老いを感じさせるのがショッキングです。 それだけに後半にはブラック・ジャックは老いで患った昏睡の病気でずっと眠ったばかりでありストーリーからはんばドロップアウト気味になってしまうのは実に惜しいところです。 新キャラクターのクロエに関しては、正直かなり浮いた印象があったのですがその描写も複線としてがその後の展開に繋がっていくというのがなかなか秀逸。 とはいえ、その描写は賛否両論であったことも事実だったと思います。 そして最後のシーン、「郷愁ばかりの残骸作」と語られてはいますが、やはり手塚作品に幼い時から慣れ親しんだ者としては感動できるものとなっています。 そんな「残骸作」と言い切るには中々に惜しい作品なのも確かなところですが、逆に岩明先生の頑固で職人気質である面も伺えたのも確かです。 一度描き上げた作品に対して酷評とはいえ顧みることがあったのはファンとしてはなんとも難しいですが非常に興味深いことでもあります。 岩明先生は代表作「寄生獣」がアニメ化と映画化となっており、如何にしてそのような事になったのかも気になるところ。 そんな「ブラック・ジャック 青き医師」、「ブラック・ジャック」が嫌いな父が読んだらどんな反応するか、郷愁なのか未来を感じるのか、楽しみな今日この頃です。 (中野店/黒田) 「ブラック・ジャック 青き医師」通信販売はこちらから。

中野店 黒田

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