僕は仕事柄というか昔から古本屋のワゴンセールとか軒先に出てる安い文庫本コーナーが大好きで、今でもとりあえずブックオフに行ったら100円コーナーをしらみつぶしにしてから、通常の価格コーナーをちょいちょい物色するのですが、なにしろ安く買えるのでつい本を買い過ぎてしまい、まだ読んでない漫画や小説がどんどん溜まっていきます。
とりあえず一回は読んでみて、そんなに面白くなかったものはどんどん売るか捨てるかしたいんですが、生来のめんどくさがり屋なので、「とりあえず売るか捨てるかする本」の段ボール箱が増殖を始めて、引っ越してからまだ1回も開けていない段ボール箱と相まって、部屋が段ボールだらけでドッタンバッタン大騒ぎです。中野店の長谷川です。
今回ご紹介するのはこちら。
『娘の家出』 全6巻 志村貴子 / 集英社 / 2014~17年
志村貴子といえばアニメ化もされた『放浪息子』や『青い花』などの百合やBL、トランスジェンダーものの傑作もすでにあり、知る人ぞ知るというか知らなかったらヤバいレベルの漫画家でもあり、今更紹介しなくてもいいだろ感が滝のように溢れてきそうな向きもありますが、ちょうど完結したことだし、とてもおもしろいので少しだけがんばろうと思います。
上の画像の表紙の子がまゆこで一応主人公みたいなポジションですが、この漫画はまゆこを中心とした人間関係のなかで繰り広げられるものの、基本的には各話それぞれに主人公がいて完結するオムニバス形式で作られています。そして、みんななかなか家庭が複雑。例えば、まゆこは両親が離婚し、父親の同棲相手が男性です。そのお父さんの同棲相手のトシくんに対して厳しい当たりのまゆこ。
「ホホを染めながらうれしそうに話す太ったオカマは たいそう気持ちのわるいものでした」

「デブ専のデブとかマジきもい。どんだけ自分好きなのって思う」
んんー!厳しい!言葉が強い!確かにお父さんをトシくんに取られてるので、怒りが向かうのは分かるけど、さすがに言い過ぎじゃないイカ?と最初は思いましたが、そこは志村貴子。実はまゆここそがデブ専で、トシくん(父親の彼氏)を好きになったり、母親の再婚相手(おっさん)を好きになったりするので、上の恨み節も半分くらいは八つ当たりみたいなもんなんですね。それに、まゆこはそこまで考えていないかもしれませんが、実は何も恨み言を言われないほうがつらいわけです。
実際にトシくんは、まゆこに対して謝るタイミングを逃し続けていました。まゆこは「ちゃんと謝ってほしい」と言ってトシくんを謝罪させたあとに「許さない」と言いますが、謝罪されること自体は拒否していません。まゆこは「謝罪」と「許し」の間に距離があることをちゃんと知っているわけです。まあこの後、お父さんも泣かせるので、誰かのためというより自分のためというか、この三人の関係のために必要なことを知っているというか、とにかくまゆこはいい子です。
というか、この作品の中核をなすのがまゆこを含めた4人の女子高生(みんな親が離婚しているので「チーム離婚」)なのですが、みんなびっくりするくらい頭がよくて、優しくて、いい子たちです。
とりあえず人物相関図。
きゃなこ(大沢さん)と引きこもりゲーマー姉妹の妹(美由ちゃん)の回とか、引きこもりゲーマー妹とジャニオタの久住先生の回とか、みんないい子過ぎて泣きます。あと、まゆこの彼氏の大輝くんの友達で、大輝くんのことが大好きなゲイの羽田くんとミーナの関係とか、ミーナのフラれ方がかっこよすぎて泣きます。
子どもたちメインの回だけでなく、大人たちが主人公の回もよくて、すぐ周りの女に手を出すおじさんこと加賀さんのセンチメンタル過去回や、でもやっぱり一番好きなのは2巻第10話「私がオバさんになっても」かな。これは、トシくんの妹(おばさん)に若い彼女ができたという話なんですが、今まで恋愛をろくにしてこなかったクソ真面目であらゆる席を人に譲り続けてきたおばさんに40も半ばになって春が来る。しかも相手は若くて優しい女性。全米が泣いた。もう泣いてばかりです。
しかし志村貴子のすごさは、もう本当に何でも描けちゃうところだと思った回が2巻第8話「燃えろいい女」。
この回の主人公は大輝くん(まゆこの彼氏)のお母さんです。大輝くんの家にまゆこが初めて招かれて帰った後に、大輝くんのお母さんはなぜかまゆこに難癖をつけて息子(大輝くんの弟)に「ババーのヒストリーはみっともねーよ」と盛大にツッコまれます。「お母さんにあんな言い方しちゃダメだろ。(中略)傷つくよ。」と兄(大輝くん)にたしなめられるも、「自分の母ちゃんが若い女たたいてんのみるのだって 子供はじゅーぶん傷つくんだよ!」とド正論で返されぐうの音もでません。お母さんだって、本当はちょっとやきもちをやく程度で済ます予定でした。でもついつい感情がダダ漏れてしまうのです。
寝る前にこんな妄想をして、自分に「私はまだ大丈夫」と言い聞かせるお母さん。
「改めまして あなたのことが大嫌いな大輝の母です」には正直すぎて笑いました。
思い返せば昔から「いい人」として振る舞うのがお母さんの処世術でした。
疲れるのかよ!じゃあやめろよ!と言うのは簡単ですが、人の生き方はそんな簡単にやめられるものでもないですよね。若い頃はうまくやれていたのに、最近は欺瞞の仮面がうまく作動しなくなった。それはなぜか。疲れちゃったから。逆に捉えれば、ここ(家庭)でなら仮面を剥ぎ取った自分をさらけ出せるとも言えます。
さてさて、これはいい変化なのか悪い変化なのか。なかなか難しいところですが、お母さんは自分の妄想相手に自虐ネタで返すくらいには冷静です。毎日30分や1時間も妄想してる時点でヤバいのではないかという感じもしますが、多分それがお母さんにとって大切な時間なんでしょう。
段々歳を重ねるごとにふてぶてしさを獲得していくことと、それでもやっぱり「私はまだ大丈夫」と自分にいい聞かせながら涙を流す弱さ。そのギャップも素晴らしいですが、このお母さんがキャラクターとして一番優秀なところは、妄想シーンに色濃くでている部分の、ただ開き直るイヤなおばさんではなく独特の自虐的ユーモアがあるところですね。しかも、そのおもしろさを恐らくまだ現実世界では出していないのではないか。むしろ出し方がわからないのではないか。いや、もしかしたら出す気さえないのかもしれない。たった1人の楽しみ=妄想のためにのみユーモアを使う女......強そう。まあ、なんにせよ人間楽な方がいいですよね。僕もソファに寝っ転がってお昼寝ついでにアニメ観たい......
ちなみにここ単体だと煽り画像としても優秀です。
皆さんも志村貴子先生の「多角的に言語化された感情のデンプシー・ロール」を浴びたくなったら是非『娘の家出』をお読みください。
『娘の家出』はこちら
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中野店 長谷川